* 私家版・ プロバイダ責任法についての解説と考察 *

白田 秀彰

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1 はじめに

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「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」 (以下「プロバイダ責任法」あるいは「本法」)が、2001年11月22日に国会で可決・ 成立した。この法律は、遅くとも2002年5月末までには施行されることになる。

この法律は、一見すると電気通信事業者、たとえばインターネット・サービス・ プロバイダ(以下「ISP」)のみに関係するように見えるが、 実際にはネットワークを用いて他人の通信を仲介する機能を果たしている個人にも広 く関わる法律である。本論は、プロバイダ責任法について解説・考察し、 それら個人が同法の規定にもとづいた保護をうけつつ、 適法なサービス運営を行うための一助となることを目的とする。

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2 逐条解説

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プロバイダ責任法の本文は、

http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/top/pdf/jyoubun.pdf

にて入手することができる。以下にその全文を掲げ、逐条ごとに解説を示す。 本論で示される解釈および解説は、論者の個人的なものであり、 日本国政府および総務省が提示するであろう公式の解釈ではないことに留意されたい。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律

第一条 (趣旨) この法律は、 特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害があった場合について、 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示を請求する権利 につき定めるものとする。

[解説] 「特定電気通信」「特定電気通信役務提供者」 については、第2条で定義されているので後述する。 「情報の流通によって権利の侵害」が生じた場合、(1) 「特定電気通信役務提供者」 の損害賠償責任を制限すること、(2) 発信者情報の開示を請求する権利を創設することがこの法律の目的である。(1) は本法第3条に対応し、(2)は本法第4条に対応する。

まず、(1)の「賠償責任の制限」については主体が示されているが、(2)の 「発信者情報の開示を請求する権利」については「誰が / 誰の」 にあたる主体が欠落している。第4条で「自己の権利を侵害されたとする者は... 開示を請求することができる」とされているので、 「自己の権利を侵害されたとする者 (以下、「権利者」)」 が開示請求権の主体となる。

第二条 (定義) この法律において、 次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

一 特定電気通信 不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(電気通信事業法 (昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。 以下この号において同じ。)の送信 (公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)をいう。

[解説] 「不特定」について。「不特定」の反義語は「特定」 であるが、この「特定」にはどの程度の特定性が備わっていればよいのか。 相手の氏名や住所まで特定している必要があるか。 IDとパスワードによって利用者が限定されていればよいか。あるいは何らかの、 たとえばメールアドレスのような連絡先を知っていればよいか。 この特定性の要件は重要である。メールアドレスによる特定のみでも「特定」 に該当するならば、たとえばメーリング・リストの運営者が本法の射程から外れる。 また、ID / パスワードの組あわせによる「特定」でも構わないのなら、 アクセス制限をかけている電子掲示板の運営者が本法の射程から外れる。しかし、 仮にメールアドレスやID / パスワードによる特定で構わないとすると、 現在のプロバイダが行っている業務の大きな領域が本法の射程外ということになる。 推測するに「特定」された者とは、ネットワークにおけるメールアドレスやIDと、 実際の氏名や住所などとの一致がある者という趣旨であろう。この「不特定 / 特定」 の定義が不明確なことが本法の解釈において論点となるだろう。

「電気通信の送信」について。 括弧書きの中に示される電気通信事業法第2条第1号において「電気通信」 に関する定義が示される。すなわち、

一 電気通信 有線、無線その他の電磁的方式により、符号、 音響又は影像を送り、伝え、又は受けることをいう。

つづいて「電気通信」に係る「不特定の者によって受信されることを目的とする」 の部分は、放送法第2条第1号において定義される「放送」 との包含関係を明らかにするものである。 「公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く」 の括弧書きの部分は、放送法に定義される「放送」 を除外することを明らかにする目的であるという。

放送法第2条第1号では、

「放送」とは、 公衆によつて直接受信されることを目的とする無線通信の送信をいう。

放送法の「公衆」が「社会を構成する非組織的な集団 」 を意味すると狭く解釈すれば、本法にいう特定電気通信の「不特定の者」 が指す範囲は、「公衆」より要件が緩和されて射程が広いものと解釈されうる。また、 公衆が「集団」を意味するかぎり不特定多数を示しているのに対して、「不特定の者」 は不特定であれば、一人であってもよいことを示している。

本法にいう「受信」と放送法にいう「直接受信」との関係について。放送法の 「直接受信」が現在の地上波テレビ・ ラジオ放送の受信形態を指すことは明らかであるので、特定電気通信の「受信」は、 地上波テレビ・ラジオ放送において行われる同時的中継・ 転送よりも広く解釈されなければならない。すなわち、 電気通信の内容を媒体に一時的に保存して行われる蓄積的中継・転送、 さらには内容をなんらかの電磁気的記録媒体に固定して媒体を物理的に移動し、 別地点からふたたび電気通信を開始するような場合も排除するものではないと解され る。

「直接受信」「受信」は、内容および信号形式の改変・変換に関する意を含むか。 中継・転送に必要な範囲での信号形式等の変更は、内容の改変・ 変換に当たらないと解される。放送においては、 放送局から送信された情報内容および信号形式 [1]が、改変・ 変換されずに受信されることが通常であるので、放送法の「直接受信」は、 信号形式の変更を含まないことを示唆しているとも解される。すると逆に、 特定電気通信の「受信」は、中継・転送途中での信号形式の改変・ 変換を許すものとして用いられていると解される。 「目的とする」という文言は、 当該電気通信が実際に受信されたことを必要としないことを意味する。すなわち、 不特定の者によって受信されうる状態を生ぜしめれば、 特定電気通信がなされたと解釈される。これは、著作権法第2条第1項第9号の5にいう 「送信可能化」状態を含む趣旨であると解釈される。

ここで、著作権法第2条第1項7号の2「公衆送信」、同項第9号の4「自動公衆送信」、 および同項第9号の5「送信可能化」についての条文を示す。

七の二 公衆送信 公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信 (有 線電気通信設備で、 その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内 (その構内が二以上 の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内) にあるものによる送信 (プログラムの著作物の送信を除く。) を除く。) を行うことをいう。

九の四 自動公衆送信 公衆送信のうち、 公衆からの求めに応じ自動的に行うもの (放送又は有線放送に該当するものを除く。) をいう。

九の五 送信可能化 次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。

公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置 (公衆の用に 供する電気通信回線に接続することにより、 その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分 (以下この号において 「公衆送信用記録媒体」という。) に記録され、 又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。 以下同じ。) の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、 情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、 若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に 変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。

その公衆送信用記録媒体に情報が記録され、 又は当該自動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について、 公衆の用に供されている電気通信回線への接続 (配線、自動公衆送信装置の始動、 送受信用プログラムの起動その他の一連の行為により行われる場合には、 当該一連の行為のうち最後のものをいう。) を行うこと。

著作権法の「公衆送信」および「自動公衆送信」は、放送法と同じ「公衆」 という用語を用いているが、著作権法にいう「公衆」とは、 不特定多数の意味に加えて「特定かつ多数の者を含む」とするのが通説である。 行為者の立場からみて相手方が「不特定人」である場合は、これを「公衆」とし、 結果的に多数人であると看做される [2]。ゆえに、著作権法における 「公衆」は、本法における「不特定の者」を包含し、本法の射程から外れる「特定」 の相手方に対する通信についても、含んでいることになる。

著作権法の公衆送信にいう「直接受信」が、放送法との関係について に示したように、同時的中継・ 転送までを射程としているものと解釈されうるかどうかが問題となる。また、 「直接受信」が送信途中の中継・転送において送信内容・ 信号形式の改変を許す趣旨か否かについても問題となる。というのは、 「直接受信されること」を定義内容としている「公衆送信」に基づく「自動公衆送信」 という定義が、まさにコンピュータ・ ネットワーク上で情報内容をダウンロードさせる利用形態を念頭において制定された ものだからである [3]。このことから、 著作権法に言う「直接受信」とは、蓄積的中継・ 転送をも含むことが前提とされていると考えられる。このことは、「自動公衆送信」 の定義に基づいてなされる「送信可能化」に関する定義 および が、情報内容をアップロードし、 ダウンロード可能な状態を発生せしめることを具体的に示していることからも示され る。また、この運用形態を前提としていることから、公衆送信の「直接受信」は、 中継・転送途中での信号形式の改変・ 変換を許すものとして用いられていると解される。ただし、送信内容に関わる改変・ 変換は、 著作権法の性質上許されないものと解する [4]

著作権法の「公衆」概念のうち、「特定多数」部分が本法の射程から外れるが、 本法の「不特定の者」「受信」概念が、 電気通信事業法および著作権法の定義を包含する広いものであることは明らかである。 本法は、ISPのみを対象にするのではなく、 電気通信設備を用いて不特定の者が受信できる電気通信を行う者すべてを対象として いる。また、インターネットにおいて現在みられる典型的な通信形態のみならず、 将来的に現われるだろう通信形態を含む、 電磁気的方法を利用した情報伝達一般を射程とするものである。

二 特定電気通信設備 特定電気通信の用に供される電気通信設備 (電気通信事業法第二条第二号に規定する 電気通信設備をいう。) をいう。

[解説] まず、電気通信事業法第2条第2号を示す。

二 電気通信設備 電気通信を行うための機械、器具、 線路その他の電気的設備をいう。

電気通信設備に関する定義が、ひろく電気的設備一般を指していることから、 本法第2条第1号に規定する特定電気通信に使用される電気的設備一般を指しているこ とがわかる。

三 特定電気通信役務提供者 特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、 その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者をいう。

[解説] 「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介」 することに並んで、特定電気通信設備を用いて、その他の形態の通信役務(サービス) を提供する者は、特定電気通信役務提供者に含まれる。 特定電気通信役務提供者という定義が、特定電気通信設備という定義をもとにし、 特定電気通信の定義をもとにすることから、 すなわち不特定の者によって受信されることを目的として他人の発信する情報を提供 する者は、すべて本号に該当することになる。

「他人の通信を媒介する」とは、「他人の依頼を受けて、情報(符号、音響又は影像) をその内容を変更することなく伝送・交換し、隔地者間の通信を取次、 又は仲介してそれを完成させることをいう」 ものとされており [5]、 通信プロトコルによる限定はない。

すなわち、インターネットにおいて、 不特定の利用者によって受信されるチャットや電子掲示板 [6]を主催・開設する者のみならず、 蓄積後 自動的に不特定者にむけて送信されるソフトウェア・ ライブラリや各種情報アーカイブ [7] を管理する者、 また利用者によって直接受信されるのではないニュースや電子メール [8] などの自動的中継を行うサーバの管理者も、すべて本法の射程に入ることになる。

四 発信者 特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体 (当該記録媒体に記録 された情報が不特定の者に送信されるものに限る。) に情報を記録し、 又は当該特定電気通信設備の送信装置 (当該送信装置に入力された情報が不特定の者 に送信されるものに限る。) に情報を入力した者をいう。

[解説] 「記録媒体」に「情報を記録」するか、「送信装置」に 「情報を入力した」者が「発信者」となる。「記録」行為と「入力」 行為の違いについては、「記録媒体に記録」、「送信装置に入力」という、 情報の送り出し先の違いに係るもので、 それぞれの行為は利用者の側において同一である。

例えば、「記録」は Webページの発信用のサーバーの記録媒体に記録する行為、 「入力」 はストリーム送信などの場合において送信装置に入力すること等を想定しているもの である [9]とされる。すなわち、 蓄積的中継・転送において媒体に比較的長期的に記録されるものを「記録」行為とし、 同時的中継・転送において仮に媒体に記録される場面があるとしても、 それが一時的なものにとどまるものを「入力」行為とするのである。

第三条 (損害賠償責任の制限) 特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときは、 当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者 (以下この項において「関係役務提供者」という。) は、 これによって生じた損害については、 権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的 に可能な場合であって、次の各号のいずれかに該当するときでなければ、 賠償の責めに任じない。ただし、 当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、 この限りでない。

当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害 されていることを知っていたとき。

当該関係役務提供者が、 当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、 当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知る ことができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。

[解説] 故意または過失による行為で 「他人の権利が侵害されたとき」には、民法第709条、第710条に基づいて、 その行為者に損害賠償責任が発生する。「権利が侵害されたとき」とは、 法律によって権利として規定されているものが侵害された場合に限る趣旨ではなく、 行為者が法規違反の行為で法律上の保護に値する他人の利益を侵害すれば、 その行為者に損害賠償責任が生じると広く解釈するのが通説である [10]。第3条は、 責任の発生を同条が掲げる三つの条件のうち、 はじめの一つと続く二つのうちのいずれか一つが満たされた場合に限定することで、 役務提供者の損害賠償責任を制限することを目的とするものである。

「他人の権利が侵害された」という文言には注意しなければならない。 この規定に続く本法第3条第2項第1号において、「他人の権利が不当に 侵害されている」という文言が用いられているからである。 両者が使い分けられていることから判断して、第3条第1項においては、 権利侵害の事実について知っていれば、あるいは知る理由があれば、 違法性阻却事由 [11] が存在している場合においても、 送信防止措置を講じないと損害賠償責任の免責を受けられないと解釈しうるからであ る。

たとえば名誉毀損について見る。問題の所在をわかりやすくするために、ここでは、 刑法の規定を素材として用いる。言うまでもなく、 損害賠償に関する裁判は民事であり、民事における法律判断は、 刑事裁判における判断と直接的関連を持つものではない。すなわち、 法律の適用について厳密な刑事裁判において無罪となった場合でも、 事件の全体を総合して判断する民事において損害賠償責任を負う場面がありうること に注意されたい。しかし、その可能性は少ないと考えられる。

第230条 (名誉毀損) 公然と事実を摘示し、 人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、 三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

2 死者の名誉を毀損した者は、 虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

第230条の2 (公共の利害に関する場合の特例) 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、 その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、 真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

2 前項の規定の適用については、 公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、 公共の利害に関する事実とみなす。

3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合に は、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

刑法の名誉毀損に関する規定では、第230条の条件が成立していれば、 名誉が毀損されていると解していることが明らかである。事実の有無に関わらず、 名誉毀損が成立しうるところに注意されたい。「権利侵害」 が違法な行為による利益侵害を意味するという通説に従って、 刑法の名誉毀損罪が成立していれば、 民法709条に基づく損害賠償責任もまた成立しうることになる。しかし、 第230条の規定のみであると、過剰に広く名誉毀損罪が成立することになり、 公共の利害にかかわる報道などを著しく抑圧する危険がある。このため、 昭和22年に第230条の2が追加されたのである。それは、 公益目的の名誉毀損的な言論について、真実の証明があれば「罰しない」 とするものである。第230条の2は、第230条について、 一般的な違法性阻却事由を条文化したものであると解釈するのが自然である [12]

の本法第3条第1項の解釈をあてはめてみる。ある役務提供者が、 名誉毀損的文書の存在を知り、かつその文書の送信を停止する能力を持っている場合、 仮にその名誉毀損的発言が明らかに公益に合致する発言であると判断することができ ても、送信停止措置をとらなければ、 後に生じうる名誉毀損を原因とする損害賠償請求訴訟において、 本法に基づく免責を主張できないことになりうる。 ある名誉毀損的文書について違法性阻却事由が存在するか否かの判断は、 法律の専門家とは限らない役務提供者には困難な場面が多いと考えられる。とすれば、 危険回避的な役務提供者は、 判断が微妙な名誉毀損的文書についても送信防止措置をとることで、 広く免責を受けようとするだろう。

同様の問題は、著作権法についても言える。著作権法は、 一定の要件を満たした表現を著作物とし、これに法的保護を与える。 著作物の使用においては、原則として権利者の許諾が必要であり、 許諾なく使用した場合、利用者は損害賠償責任を負うことになる。しかし、 著作権法第5款「著作権の制限」(第30条から50条)において、 一般的に著作権が制限され、 利用者が自由に著作物を使用しうる条件が条文化されている。これは、 許諾なき使用が著作権侵害であるという原則に対して、 無許諾使用の違法性が阻却される一般的な使用形態が示されていると解釈するのが自 然である。

すると、 ある著作物が特定電気通信設備を経由して無許諾で利用されている事実を知った役務 提供者は、その利用が著作権法第5款に該当するものであることが明らかな場合でも、 その利用を防止する措置をとらなければ、 著作権侵害を理由とする損害賠償責任の免責を主張できないことになりうる。 ある利用が第5款に該当するか否かの判断は、 法律の専門家とは限らない役務提供者には困難な場面が多いと考えられる。とすれば、 危険回避的な役務提供者は、 判断が微妙な著作物についても送信防止措置をとることで、 広く免責を受けようとするだろう。

本項第2号では、情報の流通の事実を知っていたことに加えて、 「当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知 ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき」とされている。 権利の侵害を知るためには、目的となっている利益が法律上の権利であること、 または違法な行為によって他人に不利益が発生していることを認識しなければならな い。すると、目的となっている利益が「〜権」とされる根拠となる法律、 または不利益を生ぜしめている行為を禁ずる法律の存在の認識が不可欠となる。 したがって、役務提供者にそれらの法律に関する知識があったか否かが、 「相当の理由」の存在を決定付けることになる。

ここで問題となるのは、役務提供者が法律に関する知識をもっているほど、 「相当の理由」が容易に認められることにある。すなわち免責を受けられにくくなる。 すると、役務提供者が法についての知識を高めるという動機付け(インセンティヴ) はおろか、法について知らないことによる利益が生じる結果となる。一方、 法の原則に 「法の不知はこれを恕せず (法律を知らないことをもって法律の適用を免れることは できない)」というものがあるが、この原則を厳格に適用すれば、 情報の流通の事実を知っているだけで本項第2号に自動的に該当することになってし まう。そこで、本項第2号の規定が意味を成すためには、役務提供者において、 一定の法律の知識が常識化していることが必要になる。役務提供者に一種の資格制・ 免許制を導入する必要を根拠づける規定と見ることができるかもしれない。 以上のように「他人の権利が侵害された」事実を「知っている」あるいは 「知ることができたと認めるに足りる相当の理由がある」だけで、 送信防止措置をとらなければならないとすると、役務提供者は、 広く通信内容を制限することになり、 本来 合法に行えたはずの通信を抑圧することになる。 日本ではあまり議論にならない点かもしれないが、 アメリカであれば合衆国憲法修正第1条(言論・表現の自由) を根拠とする憲法訴訟が起きかねない重要論点である。

本法第3条において制限されるのは損害賠償責任であるので、権利者が、 役務提供者から金銭的賠償を受けることができない場合でも、 民法第723条に基づいて「名誉回復のために適当なる処分」 の命令を裁判所に請求することは制限されていないと解釈される。

第723条 (名誉毀損における特則) 他人ノ名誉ヲ毀損シタル者ニ対シテハ裁判所ハ被害者ノ請求ニ因リ損害賠償ニ代ヘ又 ハ損害賠償ト共ニ名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分ヲ命スルコトヲ得
たとえば、名誉毀損的な情報の送信停止や訂正文書掲載の請求などが考えられる。 ネットワークにおける訴訟においては、 名誉毀損が原因となることが多いことが予測されるので、 民法第723条の規定は重要な意味を持つものと思われる。

損害賠償責任から免責されるため条件は、(1) 「権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術 的に可能な場合」であり、かつ(2) 第1号あるいは第2号のいずれかに該当する場合である。

送信防止措置の技術的可能性について問題がある。誰について「技術的に可能」 であるのかが示されていない。専門技術者と素人では、 技能に大きな差があることは明らかである。 事件が発生した時点での社会の一般的技術水準をもとに判断する、 というような解釈では、「技術的可能性」 の基準を裁判官の判断に全面的に依存させてしまうことになり、 役務提供者の法的リスクに関する予測可能性を損ない、 損害賠償責任の免除という重大な効果をもたらす本条の意義を失わせてしまう危険が ある。逆に、 事件ごとに役務提供者の個別的技能を基準として技術的可能性を検討するとする解釈 であれば、技能の高い人物ほど免責される可能性が狭くなることになる。このため、 より高い知識・ 技能を身につけて特定電気通信役務を適正化していこうとする役務提供者の動機を抑 制してしまう効果を発生しかねない。

実際の裁判の現場では、被告側である役務提供者が、 侵害情報の送信を防止することが不可能であったと主張し、原告側である権利者が、 反証として送信を防止しえた方法を示すことになろう [13]。これは原告側の知識・ 技能の程度が、裁判の結果に大きく影響することを意味するように思われる。 仮に役務提供者が技術的に稚拙な個人であり、 権利者が技術者や弁護士を動員できる企業である場合、 役務提供者は著しく不利であるといえよう。

2 特定電気通信役務提供者は、 特定電気通信による情報の送信を防止する措置を講じた場合において、 当該措置により送信を防止された情報の発信者に生じた損害については、 当該措置が当該情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度において 行われたものである場合であって、次の各号のいずれかに該当するときは、 賠償の責めに任じない。

当該特定電気通信役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権 利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき。

特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者から、 当該権利を侵害したとする情報 (以下「侵害情報」という。) 、 侵害されたとする権利及び権利が侵害されたとする理由 (以下この号において 「侵害情報等」という。) を示して当該特定電気通信役務提供者に対し侵害情報の送信を防止する措置 (以下こ の号において「送信防止措置」という。) を講ずるよう申出があった場合に、 当該特定電気通信役務提供者が、 当該侵害情報の発信者に対し当該侵害情報等を示して当該送信防止措置を講ずること に同意するかどうかを照会した場合において、 当該発信者が当該照会を受けた日から七日を経過しても当該発信者から当該送信防止 措置を講ずることに同意しない旨の申出がなかったとき。

[解説] 自らの特定電気通信設備を経由して、 名誉毀損や著作権侵害にあたる情報内容が送信されている場合、 本法第3条第1項に示される通り、役務提供者は、送信防止措置を講じなければ、 その情報送信から発生した損害を賠償する責任を負う可能性がある。しかし一方、 他者の発信した情報内容の送信を停止することは、 情報の送信を停止された者からの債務不履行や権利侵害を理由とする損害賠償請求を 受ける危険を負うことになる。そこで第3条第2項には、送信防止措置を講じた場合に、 役務提供者を損害賠償責任から免責する規定が置かれている。

送信防止措置を講じた場合に生じる損害賠償責任の原因となりうるのは、 ISPに典型的に見られるように、 ネットワークへの接続すなわち発信者の送信した情報をネットワークに中継する事業 において、発信者と役務提供者の間に接続提供契約が存在する場合である。 ここで役務提供者が発信者の情報送信を停止すれば、 契約に定められた債務を履行しないことになるため、 債務不履行を原因とする損害賠償請求を受けたり、強制履行請求(民法414条) [14]を受けたりすることになる。

アメリカ法において認められている「パブリック・ フォーラムに関する法理 [15]」 が日本法においても意味をもつならば、ISPによる送信防止措置が憲法上の言論・ 表現の自由に関する議論も生じうる。しかし、日本におけるISPの大部分、 また本法に定義される特定電気通信役務提供者の大部分が私企業・ 私人であることから、 日本法において憲法上の権利が論点となることはほとんどないと考えられる。

第3条第2項での免責を受けるためには、 「当該措置が当該情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度におい て行われ」、かつ同項第1号あるいは第2号に該当することが要求される。 「必要な限度」とは、(1) 権利侵害とみられる情報内容の送信を防止するという目的を達成するのに実効があり、 かつ(2)「発信者の権利を侵害する程度がもっとも少ない」 状態を意味すると解される。これは、アメリカ法において、言論・ 表現の自由を制限する立法が合衆国憲法修正第一条違反とならないための要件である、 「目的を達成するために合理的な手法であり」かつ「もっとも(権利) 制限的でない手法」という条件を援用する解釈である。したがって、 送信防止措置が権利侵害を防止するという目的に照らして不合理な方法で行われた場 合、または、 より権利制限的でない他の防止手法があったのにも関わらず それを採用しなかった 場合、免責が受けられない可能性がある。

本項第1号について。すでに第3条第1項で検討したように、「他人の権利が 不当に 侵害されている」という部分が問題となる。第3条第1項では「不当に」 という文言がなかったため、 違法性阻却事由の有無を問わず送信防止措置を講ずることが免責の要件であったのに 対して、送信防止措置をとった後の免責においては、「権利が不当に 侵害されて」いなければならない。すなわち、 他人の権利を侵害していると考えられる情報内容について違法性阻却事由があるとみ られるときに、送信防止措置を講じた場合、 発信者からの債務不履行などを理由とする損害賠償責任を負わなければならない可能 性がある。

具体例を示す。電子掲示板に政治家の政策を痛烈に批判する文書が掲載されたとする。 この文書によって当該政治家の社会的評価が低下し、 本人の名誉感情が害されると容易に判断されうる場合、この文書は、 名誉毀損的なものであるといえる [16]。 この文書の存在を役務提供者が知れば、本法第3条第1項に該当することになる。 したがって、批判された政治家からの損害賠償請求の可能性を無くすためには、 送信防止措置をとらなければならない。

しかし、政治家の政策に対する批判は、一般的に公益に資するものと考えられており、 民主主義政体は、まさにこの政治に対する批判を不可欠とするものである。そこで、 その批判の内容が事実であると信じるに足るものである場合 [17]、 刑法第230条の2に示されるように違法性が阻却される。したがって「他人の権利が 不当に 侵害されている」ことにならない。それゆえ、 発信者からの損害賠償請求の可能性を無くすためには、 送信防止措置をとってはならないことになる。

こうして役務提供者はジレンマに陥ることになる。 権利侵害的情報の存在を知っていて、 かつ違法性阻却事由が存在すると信じるに足る状況がある場合、 送信防止措置をとってもとらなくても役務提供者は完全には免責されないわけである。 このジレンマを解消するもっともよい方法は、第3条第1項以下の 「他人の権利が侵害されている」という文言を同条第2項以下と揃え、 「他人の権利が不当に侵害されている」とすることである。このように改正すれば、 現行条文の問題点である 「違法性阻却事由があると信じるに足る場合であっても送信防止措置をとる」 という言論・表現の自由を抑制する傾向を緩和することができるからである。

次に「(権利が不当に侵害されていると)信じるに足る相当の理由があった」 という条件について。「信じる」には先行する二つの条件の認識が不可欠である。 まず、(1) 目的となっている利益が法律上の権利であること、 または違法な行為によって不利益が発生していることを認識しなければならない。 すると目的となっている利益が「〜権」される根拠となる法律、 または権利者に不利益を生ぜしめている行為を禁ずる法律の存在の認識が不可欠とな る。本項では、これに加えて (2) 違法性阻却事由が存在しないことの認識が必要とされる。したがって、 役務提供者にそれらの法律に関する知識があったか否かが、「相当の理由」 の存在を決定付けることになる。するとに指摘したように、 役務提供者に一定の法律の知識を要求するだけの根拠が必要となるわけで、 それが結果的に資格制・ 免許制を導入することにつながる結果をもたらすのではないか。ただし、 本項の場合には、役務提供者の法律知識が高まるほど、免責の可能性は高まるので、 法律知識を取得しようとする動機付けが存在することになる [18]

本項第2号は、権利者からの連絡を受けた上で、 送信防止措置を講ずる条件を定めるものである。

権利者が、(A) (1)「権利を侵害したとする情報」 (2) 「侵害されたとする権利及び権利が侵害されたとする理由」 を示して送信防止措置をとるように役務提供者に請求した場合に、(B) 役務提供者が (1)の情報の発信者に対して (2) の侵害情報等を示して侵害防止措置を講ずることに同意するかどうかを照会した上で、 (C) 発信者が当該照会を受けた日 から7日を経過しても同意しない旨の申出をしなかった場合、 役務提供者が送信防止措置をとっても免責される。(A)、(B)、(C)の手続は、 いずれも満たされる必要がある。したがって、役務提供者は、(1)(2) が明示されていない請求を受け入れるべきではない。

(B)の発信者への照会にあたっては、権利者から(2) の侵害情報等を示さなければならない。 発信者の連絡先が不明であり照会できない場合の扱いが問題となる。 照会できない場合には、 本項第2号による送信防止措置から生じる責任の免責は受けられない。 (第1号との関係は後述) 問題は(C)の条件である。発信者に照会が到着した日が7日の起算点となることになる。 民法においては、 意思表示は到達主義 [19] をとっており、これを受けた規定と思われる。相手側への到達については、 相手側の支配領域に表示が到達し、 客観的に相手がその意思表示を了知できる状態になればよいとされている。 たとえば郵便であれば、実際に相手が手紙の文面を見ていなくても、 手紙が郵便受けに配達された時点をもって到達したと看做される。

同様に、電子メールによる手紙の場合でも、特定電気通信設備の記録媒体の特定領域 (メール・ボックス) にメールの内容が記録された時点をもって到達したと解釈されるものと思われる。 ただ、現在の一般的な技術では、電子メールの送信者が、 どの時点をもって当該電子メールが相手側のメール・ ボックスに到着したかを知る方法はない。また、電子メールが事故等によって不着・ 延着となる可能性は比較的高い。すなわち、7日間という期間の起算日時が、 役務提供者には特定できないのである。 たとえば、役務提供者が、電子メールの発信日を到着日と考え、 発信の日から7日間経過後に送信防止措置を講じたときに、 仮に電子メールが翌日以降に延着していた場合、 「当該照会を受けた日から七日を経過」 していない段階で送信防止措置を講じたわけであるから、 第2号の免責を受けられないことになる。また、 実際に照会が発信者に到着してから7日後からは、 送信防止措置が第2号の規定に違反しているという瑕疵が治癒して、 免責を受けられるという状態が生じると解釈されるのか、あるいは、 第2号の規定に違反した以上、 第2項の免責は受けられないと解釈されるのかは不明である。

続いて本項第1号と第2号の関係について。 権利者からの請求に基づいて第2号に規定された手続が開始されたものの、(1) 発信者が不明であって照会が不可能である場合、あるいは(2) 発信者に照会が到着して7日以内に、 発信者が送信防止措置を講ずることに同意しないと意思表示した場合に、 送信防止措置を講じた役務提供者は、本項第1号に基づく免責をえられるか。

(1)については、第1号に該当する場合には、 第1号を根拠として免責されると考えることもできる。第1号には条件がないので、 いったん第2号に基づく手続が開始された場合であっても、 第1号を適用しても構わないという解釈がありうる。問題は、 権利者から送信防止措置を請求されたが、発信者への照会が不可能であるときに、 権利が不当に侵害されているとは考えられない場合の扱いである。 この場合 役務提供者は、送信停止措置をとらないものと思われるが、 仮に役務提供者が送信防止措置を講じた場合には、第1号、第2号の適用がないため、 発信者からの損害賠償請求から免責されないことになる。

(2)については、 発信者が送信防止措置に同意しない旨を明らかにしているわけであるから、 送信防止措置を講じた場合に、 第2号に基づく免責はうけられないと解釈すべきだろう。では、 発信者の明示の意思に反して送信防止措置をとった場合に、 第1号に基づく免責を主張しうるか。仮に主張しうると解釈すると、 発信者の意思がどうあれ、 役務提供者は自己の判断に基づいて送信停止措置をとったことについて免責されるこ とになり、第2号で発信者に意思を照会する意味が失われる。従って、(2)の場合には、 第1号に基づく免責は受けられないと解釈するのが適切であろう。

すると、第2号の手続が開始され(1)の段階で停止した場合は、 第1号に基づく免責がえられる一方、(2)の段階で停止した場合には、 第1号に基づく免責がえられないという解釈上の不均衡が生じる。そこで、(1) の場合についても免責がえられないと解釈するのが適切であろう。

まとめると、権利者の送信防止措置請求から手続が開始された場合には、 役務提供者は送信防止措置をとったことについて免責を受けられない場面がいくつか 発生する。自発的に侵害情報を発見し、 それが不当な侵害であるという自主的判断に基づいて送信防止措置を講じた場合には、 送信防止措置をとったことについて広汎に免責されうることと比較すると、 妥当な結果であるか疑問がある。しかし、これらの解釈に基づけば、役務提供者は、 送信防止措置請求がされる前に自発的に侵害情報を検索し、発見し、 送信防止措置をとることが危険を減少させる点で有利となる。本項は、 そうした効果を狙ったものとも解釈されうる。

第四条 (発信者情報の開示請求等) 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、 次の各号のいずれにも該当するときに限り、 当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者 (以下「開示関係役務提供者」という。) に対し、 当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報 (氏名、 住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものを いう。以下同じ。) の開示を請求することができる。

侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかで あるとき。

当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要であ る場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。

[解説] 発信者に関する情報の開示は、 個人情報も含むものであるので、とくに厳重な要件が設定されている。まず本条は、 権利者が発信者情報の開示を請求できる権利(以下、「開示請求権」) を定めたのみであり、 役務提供者側に開示義務が発生するものでないことに注意されたい。しかも、 開示請求権が認められるためには、本項第1号、 第2号の両方の条件を満たす必要がある。さらに、 「次の各号のいずれにも該当する時に限り 」とされているので、 役務提供者がそれらの条件を満たさないで発信者情報を開示したならば、(1) 不法行為、たとえばプライバシー侵害あるいは民法第697条(事務管理義務) 違反を理由とする損害賠償責任、(2) 役務提供者と発信者の間にプライバシー保護に関する契約があれば、 契約違反を理由とした損害賠償責任を負担することになる。

第1号について。「不正に」という文言のない「権利が侵害されたことが明らか」 という文言が使われていることから、違法性阻却事由のない「違法な権利侵害」 に限らず、権利侵害の事実が明らかであれば、第1号に該当することになる。

第2号について。前段の「損害賠償請求権の行使のために必要である場合」は、 損害賠償請求のための訴訟手続から、 開示されるべき発信者情報等の内容や範囲が確定されるので、問題は少ない。しかし、 「その他発信者情報の開示をうけるべき正当な理由があるとき」という部分は、 問題である。「当該発信者情報が....開示を受けるべき正当な理由がある」 と判断する主体が明確でない。 第2号前段において訴訟の前提となる訴状の準備のために必要な情報の開示を指して いることから判断するに、裁判所が「正当な理由がある」 と判断するのでは第2号の趣旨が達せられないことになる。すると、 役務提供者か権利者ということになる。権利者が「正当な理由を判断する」 とするならば、権利者は任意に第2号の要件を満たすこと可能になるため、 第2号の存在意義がなくなる。したがって判断する者は、 役務提供者であることになる。

法律の専門家ではない場合が多いであろう役務提供者に、内容不明確な 「その他発信者情報の開示を受けるべき...理由」 の正当性を判断することを要求するのは過重な負担であるとは言えないか。

2 開示関係役務提供者は、 前項の規定による開示の請求を受けたときは、 当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の 事情がある場合を除き、 開示するかどうかについて当該発信者の意見を聴かなければならない。

[解説] 発信者情報が発信者のプライバシーの一部であることから、 その開示にあたって本人に照会するのは、当然であろう。しかし役務提供者は、 本項の規定では 発信者本人の意見を聴くにとどまり、その意見に従う義務はない。 役務提供者が、発信者の意思に反して発信者情報を開示した場合、 第4条には免責規定がないことから、 発信者に対して損害賠償責任を負うことになると解釈される。

また 「侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除 き」とされている。にも指摘したように、 「発信者と連絡することができない」という状態を確認することは困難である。 先の規定では、「七日」と具体的日数を限っていたのに対して、 本項では日数を限っていないことから、 相当長期間にわたる確認を要するという趣旨であるのか、 短期的な連絡不通でもよいという趣旨であるのか不明である。

プライバシーの利益は、いったん喪失した場合回復不可能な利益であることから、 発信者情報の開示には慎重を期さなければならない。ゆえに(1) 「発信者と連絡できない」(2)「その他特別な事情がある」との判断については、(1) については相当長期間にわたって発信者との連絡を試みたという事実の立証が必要で あろう。また(2)については、 発信者側のプライバシー喪失から生じる不利益を越えるだけの、 合理的な理由を示すことが必要であろう。

3 第一項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、 当該発信者情報をみだりに用いて、 不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。

[解説] 本号の規定は平明であり、解説の必要はないと思われる。

4 開示関係役務提供者は、 第一項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じ た損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、 賠償の責めに任じない。ただし、 当該開示関係役務提供者が当該開示の請求に係る侵害情報の発信者である場合は、 この限りでない。

[解説] 第4条の規定では、 権利者側の開示請求権を規定するのみで、 役務提供者側の開示義務については規定していない。これを受けて、第4項において、 役務提供者が開示の請求に応じないことで権利者側に生じた損害について、 役務提供者の賠償責任を定めている。すなわち、開示しないことについて 「故意又は重大な過失がある場合」には損害賠償責任があることになる。

「故意」とは、権利者側に損害 が発生する事実を意識し(ここでは、 権利者の権利が侵害 されていることが明白であることが本条第1項第1号によって要求されているため、 権利侵害の事実の認識は当然に存在することが前提されている)、 かつその実現を意図するか少なくとも容認することを意味する。

「過失」とは、 権利者側に損害が発生する事実の認識可能性あるいは予見可能性を前提にした注意義 務に違反することを意味する。「重大な過失」とは、 損害賠償責任の原因となる行為から「軽過失」によるものを除く趣旨である。 民法においては、「善良なる管理者の注意」すなわち 「行為者の具体的な注意能力に関係なく、一般に、 行為者の属する職業や社会的地位に応じて通常期待されている程度の抽象的・ 一般的な注意義務」に多少なりとも違反した場合を「軽過失」、 その程度の甚だしいものを「重過失」として区別している。従って、ここでいう 「重大な過失」とは、 発信者情報を開示しないことで権利者の側に損害が発生する事実が明白、 あるいはその事実を容易に推測できたに状況において、 役務提供者が その損害の発生を認識しなかった場合であるといえよう。逆に、 損害が発生する事実が不明確、 あるいはその事実を推測することが困難である状況にあったならば、役務提供者は、 発信者情報を開示しなくても損害賠償責任を免責されることになる。

ここで、民法第697条、第698条の「事務管理」の規定との関係が問題となる。

第697条 (管理者の管理義務) 義務ナクシテ他人ノ為メニ事務ノ管理ヲ始メタル者ハ其事務ノ性質ニ従ヒ最モ本人ノ 利益ニ適スヘキ方法ニ依リテ其管理ヲ為スコトヲ要ス

2 管理者カ本人ノ意思ヲ知リタルトキ又ハ之ヲ推知スルコトヲ得ヘキトキハ其意思ニ従 ヒテ管理ヲ為スコトヲ要ス

第698条 (緊急事務管理) 管理者カ本人ノ身体、 名誉又ハ財産ニ対スル急迫ノ危害ヲ免レシムル為メニ其事務ノ管理ヲ為シタルトキハ 悪意又ハ重大ナル過失アルニ非サレハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任セス

役務提供者が、役務の提供にあたって発信者情報を取得・記録する場合、 発信者と契約関係にない場合であっても、 民法第667条にいう事務管理関係にあると解釈される。同法第1項にあるように、 役務提供者は「もっとも本人の利益に適すべき方法によりてその管理を為すこと」 が要求されている。さらに、第2項においては「本人の意思を... 推知することを得べきときはその意思に従ひて」管理することが要求される。

具体的には、アクセス・ログの取得・管理においては、 発信者の利益を最優先すべきことになる。また、面識のない発信者についても、 発信者は一般的に自己の通信に関する記録の秘密を保持することを要求・ 期待することが容易に推知されるので、発信者情報の秘密の保持は、 役務提供者の法的義務である。 本法第4条の規定に沿って発信者情報の開示請求がされた場合、役務提供者は、 民法第698条の規定に沿って、その発信者情報の開示を決定しなければならない。 開示請求がされているとき、開示することが発信者の利益に資することになるのか、 開示しないことが発信者の利益に資することになるのかの判断を役務提供者は負担し なければならない。

仮に、発信者情報を開示することが、 権利者の利益のみならず発信者の利益にもなると判断し開示した場合、 その判断に重大な過失があったとされるならば、役務提供者は、 発信者に対して損害賠償責任を負うことになる。逆に、発信者の利益を優先し、 発信者情報を開示しなかった場合、その判断に重大な過失があったとされるならば、 役務提供者は、権利者に対して損害賠償責任を負うことになる。重過失とされるのは、 発信者情報を開示しない(あるいは、開示する)ことで権利者の側(あるいは、 発信者の側)に損害が発生する事実が明白、 あるいはその事実を容易に推測できたに状況において、 その損害の発生を認識しなかった場合であるから、過失の成立について、 役務提供者の法律に関する知識の程度が問題となる。 法律の知識が高まるほど重過失とされる可能性が高まる関係にある一方、 法律の不知を免責とすることは不合理な結果をもたらす。ゆえに、役務提供者が、 一般に一定の法律知識を備えている状況がないと、本項は意味を持たないことになる。

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3 解釈上の要点

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ここで要点を整理する。

3.1 規制対象の網羅性

プロバイダ責任法は、商業的なネットワーク・サービス・ プロバイダのみを対象とするのではなく、放送法に定義される「放送」 を除くあらゆる形態の「電気通信」を用いて、 他人の情報内容を不特定の者に送信する者を対象とするものである。 インターネットで、 何らかの形で他人の情報を仲介している者はすべて本法の対象となる。 本法の第2条に列挙された定義の射程はかなり広く、ほぼ網羅的であるといえる。

3.2 免責される条件の問題

本法第3条第1項で、役務提供者が送信防止措置をとることを条件に、 権利者からの損害賠償請求からの免責を定め、同条第2項で、 送信防止措置をとったことを理由とする発信者からの損害賠償請求からの免責を定め ている。ところが、第1項において「他人の権利が侵害」 された場合に送信防止措置をとることを権利者に対する免責の条件としているにもか かわらず、第2項において「他人の権利が不当に侵害」 されていると信じて送信防止措置をとることを発信者に対する免責の条件としている。 この第1項と第2項の条件のずれは、役務提供者について、 いずれの対応をとっても責任から免れえない場合を生み出している。とくに、 第1項の条件は、役務提供者が過剰に送信防止措置をとる傾向を促し、 特定電気通信に対して、抑圧的な効果をもたらす懸念がある。

3.3 不利なnotice & take down手続

第3条第2項は、問題のある情報内容について送信防止措置をとるにあたっての、 いわゆる notice & take down 手続 [20] を明確化したものと一般に受け止められている。しかし実際には、 発信者に送信防止措置の是非について照会すると、 役務提供者は免責をうけにくい状況になる。むしろ、 役務提供者が侵害情報を自発的に検索し、発見し、 対処することが合理的となるようになっている。これは、 役務提供者が一種の検閲者として機能することを要求する結果になりはしないか。

3.4 ひろく認められた開示請求権

本法第4条第1項は、 権利者が発信者情報の開示を役務提供者に対して請求する権利について定めたもので、 役務提供者の義務については言及していない。また、同項は 「次の各号のいずれにも該当するときに限り」という文言を用いて、 開示請求権の条件を狭く限定しているように見えるが、 実際には かなり広汎な場面において、 権利者に開示請求権を認めるものとなっている。同条第2項で 「当該発信者の意見を聴かなければならない」としている文言は、 開示請求権の条件を狭めることにはなっていない。 発信者情報を開示すべきでない場面において、 判断の誤りから発信者情報を開示した役務提供者が、 その開示から発生する損害賠償責任から広く免責されうることも、 安易な発信者情報の開示を促進する結果とならないか懸念される。

3.5 一定の法律知識を要求する構造

本法は、役務提供者に、 適切な判断が下せるのに十分な一定の法律知識が備わっていることを前提としている。 役務提供者がある程度の規模の営利事業者である場合には、 一定の法律知識を期待することは不合理ではないだろう。しかし、 本法の規制対象が一般人(場合によっては未成年者) を含む広汎なものであることを考えると、 一定の法律知識を期待することができるか否かは懐疑的である。 そして法律知識の欠如ゆえ、 一般人が法的に不安定かつ不利な状況に置かれるのではないかと懸念される [21]

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4 終わりに

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プロバイダ責任法について、あえて批判的な視点から解釈をすすめてみたところ、 意外なほど法が想定している状況には「隙間」があることに気がついた。 これら隙間を司法関係者がどのように解釈するかによって、 本法の運用実態は変わってくるものと思われる。とはいえ、司法関係者に 「よりよいネットワーク運用に資するように本法を解釈してほしい」 と安易な期待をかけるつもりもない。

法は、解釈の幅が狭いものがよく、 目的を十分に達しつつ市民的自由をできるだけ制約しないものがよい。 本法が十分に解釈の幅を狭く作られていない以上、 濫用の危険もまた大きいと考えておくのが妥当だろう。この解釈の幅の大きさは、 これから当面のあいだ、規制重視の立場と、 自由重視の立場とのせめぎあいの舞台となると思われる。

Note

[1]
たとえば、 搬送波に情報を載せるための変調の方式や、 デジタル通信におけるプロトコルの形式をいう。変調とは、電気通信において、 正弦波やパルス列などの搬送波が有する振幅、周波数、位相などを、 送りたい情報に従って変化させる操作をいう。プロトコルとは、信号の電気的レベル、 伝送路における誤り制御の規定、符号の規定など、 通信に用いられる一連の規定を指す。
[2]
加戸 守行, 著作権法逐条講義 改訂新版, pp. 49 -- 51.
[3]
田村善之, 著作権法概説 第二版, pp. 181 --188.
[4]
「公衆 / 不特定の者」 「直接受信 / 受信」という類似した概念が、各法で異なって用いられていることは、 立法上問題ないのかもしれないが、できれば、統一的な定義をすることが望ましい。
[5]
「他人の通信を媒介する」 に関する定義は、総務省担当部局に問い合わせを行った際に、 非公式にいただいた回答に示されていたものである。 出典については明示されていなかった。
[6]
「チャット」は、 IRC (Internet Relay Chat) サーバによって運営されることが多いが、インスタント・ メッセージと呼ばれるアプリケーションの発達によって様々なプロトコルが用いられ るようになっている。チャットは多人数が同時的に通信を共有するものであり、 そのチャットを統括する管理者が存在する。「電子掲示板」は、 HTTP (Hypertext Transfer Protocol) によって運営されるWeb上のアプリケーションの一種として提供されることが多い。 電子掲示板は、多人数が同時的でなく通信を共有するものであり、 その掲示板を統括する管理者が存在する。電子掲示板 / チャット・ サーバの運営者が管理者となる場合もあるし、他人の管理するサーバ上で、 電子掲示板 / チャットを運営する場合もある。
[7]
これらのサービスは、 主として FTP (File Transfer Protocol) サーバ、 HTTP (Hypertext Transfer Protocol) サーバによって提供されている。 ストリーム送信と呼ばれる、Real Audio、Real Video、 Microsoft Media 等もまた含まれる。アーカイブは一般に、 他人が作成した情報内容であるソフトウェアを蓄積して第三者に転送するものである から、他人の通信を媒介するものに該当する。同じように、オンライン・ データベースや、単なる文章を蓄積・転送するようなサービスを運営する者も、 他人の情報内容を媒介していることになる。
[8]
「ニュース」は、 不特定の者の使用に供される情報内容の分散データベースといえる。 NNTP (Network News Transfer Protocol) サーバとよばれる複数のサーバ間で、 情報内容を蓄積・交換することで運営されている。「電子メール」もまた、 不特定の者のメールを中継・転送する SMTP (Simple Network Management Protocol) サーバと呼ばれる複数のサーバによって運営されている。
[9]
ストリーム送信の場合、 放送における生中継と同じように、入力装置に取り込まれた情報内容を、蓄積せず (ただしネットワークの動作の原理上、一時的蓄積は行われる)転送しうる。
[10]
民法の教科書であれば、ほとんど必ず掲げられている。根拠となった判例は、 大学湯事件, 大審院判決 大正14年11月28日, 民集 4-670.
[11]
通常は違法性のある場合でありながら、 特別の事由があるために違法性がないとされる場合に、 この事由を違法性阻却事由という。
[12]
「名誉毀損罪も、 一般の犯罪と同じように刑法35条により違法性が阻却される。が、 特に表現の自由との関連において、議員の発言、弁護権の行使、芸術・ 学問の領域での論評、新聞報道などで、その正当性に関して問題が生ずる。 刑法230条の2は、一定の要件の下に、 摘示された事実が真実であることの証明があったときには、 名誉毀損行為を不可罰とし、違法性の阻却を認める趣旨の規定である。」 金子 宏他偏, 法律学小事典.
[13]
逆の場合には、 被告が「不可能であることの証明」をすることになるが、 これは論理学的にみて被告側に著しい負担を強いることになる。
[14]
第414条 債務者カ任意ニ債務ノ履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其強制履行ヲ裁判所ニ請求スル コトヲ得但債務ノ性質カ之ヲ許ササルトキハ此限ニ在ラス

1 債務ノ性質カ強制履行ヲ許ササル場合ニ於テ其債務カ作為ヲ目的トスルトキハ債権者 ハ債務者ノ費用ヲ以テ第三者ニ之ヲ為サシムルコトヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得但法 律行為ヲ目的トスル債務ニ付テハ裁判ヲ以テ債務者ノ意思表示ニ代フルコトヲ得

2 不作為ヲ目的トスル債務ニ付テハ債務者ノ費用ヲ以テ其為シタルモノヲ除却シ且将来 ノ為メ適当ノ処分ヲ為スコトヲ請求スルコトヲ得

3 前三項ノ規定ハ損害賠償ノ請求ヲ妨ケス

[15]
public forum, right to / パブリック・フォーラムを利用する権利 合衆国最高裁判所は表現の自由を具体的に保障するため、 伝統的な表現活動の場である道路、歩道、公園における表現活動を権利として承認し、 その規制を時間と方法、様態に関する合理的な規制に限定した。最高裁判所は、 政府の所有する公有地の利用に関する分析枠組みとして、伝統的なパブリック・ フォーラム、政府が創設したもしくは限定された目的のために創設されたパブリック・ フォーラム、およびパブリック・フォーラムでない場所を挙げている。田中秀夫偏, 英米法辞典.

私有されている場所であっても、(1) 実質的にそこが表現活動の場として設定され、しかも(2) 代替的な表現活動の場が十分に提供されていない場合、伝統的なパブリック・ フォーラムの法理が適用されるとの主張がある。たとえば、Edward J. Naughton, Is Cyberspace A Public Forum? Computer Bulletin Boards, Free Speech, and State Action, 81 Geo. L. J. 2, (1982). 判例として、たとえば、Marsh v. Alabama, 326 U.S. 501 (1946). Cornelius v. NAACP Legal Defense and Educ. Fund, Inc., 473 U.S. 788, 800 (1985).

昭和59年12月18日最高裁第三小法廷判決「駅構内無断ビラ配布事件」 における伊藤正巳裁判官の補足意見では、 「ある主張や意見を社会に伝達する自由を保障する場合に、 その表現の場を確保することが重要な意味をもっている。 特に表現の自由の行使が行動を伴うときには表現の自由のための物理的な場所が必要 となってくる。この場所が提供されないときには、 多くの意見は受け手に伝達することができないといってもよい。 一般公衆が自由に出入できる場所は、それぞれの本来の利用の目的を備えているが、 それは同時に、表現のための場として役立つことが少なくない。道路、公園、 広場などはその例である。これを「パブリック・フォーラム」と呼ぶことができよう。 このパブリック・フォーラムが表現の場所として用いられるときには、所有権や、 本来の利用目的のための管理権に基づく制約を受けざるをえないとしても、 その機能にかんがみ、表現の自由を可能な限り配慮する必要があると考えられる。」 と述べられている。

[16]
「摘示された事実は、 客観的に存在する社会的評価を害するおそれのある事実であることを必要とする。... 摘示された事実は真実であってもよく、また、 必ずしも公に知られていない事実であることを要しない。...摘示された事実は、 特定人に関する事実であることが推知できる程度に、具体的でなければならない。... 人の名誉を害する態様でされる必要があり、したがって、 公然と行われることが必要である。公然とは、 不特定又は多数の者が知ることができる状態をいう。本罪の成立には、現実に、 被害者の社会的評価が下落したことは必要ないが、特定少数の者に摘示して、 不特定又は多数人に伝播しうる状態に置いた場合にも本罪の成立を認めるべきかにつ いては、争いがある。」金子 宏他偏, 法律学小事典.
[17]
「本条 (刑法第230条の2)一項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、 行為者がその事実を真実だと誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、 根拠に照らして相当の理由があるときは、故意がなく、名誉毀損罪は成立しない。」 最高裁大法廷判決 昭44年6月25日 刑集23-7-975.
[18]
それでもなお、 違法性阻却事由が存在すると考えられる場合におけるジレンマは解決されない。 法律知識が高まれば違法性阻却事由の存在に気がつく場面もまた増えることが予想さ れるからである。
[19]
「意思表示の効力が発生する時期を、相手方に到達した時とする立法主義。 意思表示の伝達は、表白→発信→到達→相手方の了知という4つの過程をとるが、 単に意思表示が表白された時点とか、 相手方が現実に了知する時点で意思表示の効力が発生するとするのは、 表示した者又は相手方のいずれか一方の利益に偏しすぎる。そこで、民法は、 意思表示が相手方に到達すれば、相手方が了知できる状態になるから、 現実に相手が了知しなくても特に相手方に不利ではないとして、 到達時に効力を発生させることを原則とした。到達というのは、 例えば郵便受けに配達されるなど、 客観的に相手がその意思表示を了知できる状態になることである。...」金子 宏他偏, 法律学小事典.
[20]
アメリカの Digital Millennium Copyright Act of 1998 (Pub. L. 105-304, 112 Stat. 2860)は、その第II偏 「オンライン著作権侵害責任の制限 (Online copyright infringement liability limitation)」第202条において、サービス提供者 (本法の特定電気通信事業者にあたる) が利用者による著作権侵害から免責される場合に関しての規定を置いている。 DMCAの第202条は、合衆国著作権法(17 U.S.C. S. 101 et seq.)に第512条 「オンライン著作物に関連した責任の制限 (Limitations on liability relating to material online)」を追加する。追加された第512条(g)項 (Replacement of Removed Mterial and limitation on other liability)において、 著作権を侵害すると考えられる情報内容を利用停止した場合の免責に関する手続を定 めている。これを notice & take down 手続とよぶ。

日本においても、 2000年12月の「著作権審議会第1小委員会専門部会 中間報告書」において、 DMCAの同規定について触れ、ノーティス・アンド・ テイクダウン手続について定めるべきことを提言している。

[21]
一般への法律教育の重要性が増すことは必ずしも悪いことではない。しかし、 一定の法律知識の必要性を理由として、役務提供者に資格制・ 免許制等が導入されるようなことがあるとするならば、 また別の視点からの議論が必要とされるだろう。

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Return 白田 秀彰 (Shirata Hideaki)
法政大学 社会学部 助教授
(Assistant Professor of Hosei Univ. Faculty of Social Sciences)
法政大学 多摩キャンパス 社会学部棟 917号室 (内線 2450)
e-mail: shirata1992@mercury.ne.jp