題名未定

* 題名未定 *

白田 秀彰

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1 夜空

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evening

白いハマヒルガオは、実際には一日ずっと咲きっぱなしの花だ。夏の夕暮れの海岸は、僕の故郷では恰好の散歩コースで、その時間にはたくさんの人が海岸を通り過ぎていく。その海岸は太平洋に面しているので、夕日が沈む海ではなく、白い月が登る海だった。群青と暗緑色に分かたれた水平線上に、およそ現実的でない巨大な白い月が登ってくるのを僕は見たことがある。紫色の夕暮れが浜辺つつみ、白い月の光にハマヒルガオは淡い蛍光を発した。その時間になって、海岸の丘に沿って白いハマヒルガオが彼方まで帯状に並んでいることに初めて気がついた。

ときどき黒い歩行者が波打ち際を通り過ぎていく。奇妙な非現実な時間は、昼と夜の境目に、そして大地と海の境目に発生するのかも知れない。そして僕はまだ見ぬ「恋人」の白い顔を月の光にみたような気がしたのだ。

僕が居酒屋の前につくと、宮とばったり出会った。「よお!」と同時に挨拶をした。カラカラと珊瑚の鳴子をならして店に入ると今日はひときわ客が多い。僕たちは小さな丸テーブルに座った。ジーンズに黒いタンクトップというラフな格好の店のウェイトレスがすぐに冷たいおしぼりを持ってきた。僕たちは「とりあえず...」という感じでビールを注文した。

「午後はなにしてた?」と宮がたずねた。

「昨日の役場の女の子に島の案内をしてもらってた。岬で夕焼けを見たよ。すごい夕焼けだったぜ。」

「へぇ。俺はもっぱら海の中だから、いままでそこにいったことはないなぁ。」

「少し遠いから車がないと駄目だよ。」

「ここにレンタカーってあったっけ?」宮がピーナツを口にいれてボリボリ噛んだ。

「レンタカーはないけど、こんど案内してあげるわよ。」 女の声がしたので見上げると薄化粧をした美砂だった。

僕たち三人は二十四時間ぶりの再会を祝してオリオンビールで乾杯をした。しばらく話題はこの辺りのダイビングポイントについてのことだった。宮は色がほとんど真っ白になったカットオフ・ジーンズのポケットから、耐水紙でできたよごれた地図を広げて、島周りの海底の解説をはじめた。彼はいきいきと目を輝かせて潮の流れやマンタや海底洞窟の話をした。それは彼の夢の中の物語のように聞こえた。

そのとき分かったのだが、さっき岬からみたダイビングボートには宮も乗っていたのだ。僕と美砂は少しだけ目を見合わせた。

賑やかな笑い声と一緒に、ダイビングサービスの人たちが五人、店に入ってきた。蛍光色のパーカーが店の中で浮き上がって見える。昼間、黒いサングラスをかけていた男が宮と美砂に「やぁ」と挨拶をした。今、彼は普通の眼鏡をかけている。透明なガラス越しの彼の目は黒目がちのやさしい目だった。

彼らは少し離れたテーブルに座ってすぐになにか話をはじめた。さっきのタンクトップのウェイトレスは、何も注文されないうちに久米仙の瓶とツマミをもってテーブルに向かった。そして一緒に腰を落ちつけると彼らの会話の中に入っていった。

「彼も実はこの島の人間じゃないんだ。」

向こうのテーブルを少しみて、宮が話はじめた。海の話で調子がついて少し饒舌になっているようだ。

「彼はもと銀行員だったんだけど、学生時代の趣味だったダイビングが忘れられなくて、会社をやめてこの島にやってきたんだ。」

「そんなによそものばかりがやってきたら、この島の人たちは気分を悪くしないかな?」

「この島の人たちの中には快く思っていない人もいるさ。だけど基本的に島の人はフレンドリーだよ。ニライカナイってしってるか?沖縄には昔から海を越えてやってくるものを歓迎する考え方があるのさ。」

「そうね。それに役場の立場から言わせてもらえば、島の若い人がでていく代わりに、島の外から若い人が移住してくるので、だいたい島の人口比率はバランスがとれているわ。だけどいずれ、もともとこの島に住んでいた人たちよりも、島の外の人が増えると問題かも知れないわね。」

美砂はするめを唇でもてあそんでいる。

僕は昨日の宴会のメンバーのことを考えた。この島の人は琉球語を話す。だからかなり注意して聞かないと意味がよくとれないことがある。けれども昨日一緒に飲んだ人たちとはスムースに会話ができた。ということはみんな島の外にいたひとか、島の外でしばらく暮らした人だということになる。

「明日はどうするんだ?」と宮がきいた。

「さあ、どうしようか。ところで今日は何曜日だ?僕は日曜日の午後の便でこの島をでるんだ...」ふと、僕は今日が土曜日だということを思いだした。

「それって明日じゃない。もうかえっちゃうの?」美砂はあきれたようにいった。 「僕にだって仕事がある。飛行機もとっちゃってるから、帰らざるえないなぁ。」

「なによもぉ!これからおもしろくなるってとこなのに。」彼女はコップをトンとテーブルにおいた。テーブルの上で水滴がはじけた。

「うーん、つまらないなぁ、明日は俺がもっといいダイビングポイントに連れて行こうと思っていたのに。」宮も本当に残念そうにいった。そしてするめを口に運んでタバコをくわえるようにしゃぶりだした。

「しかたないよ。」僕はビールを飲みながら、こんなに遠くに来ていても僕には会社の首輪がかかっていることを嘆いた。僕は東京の灰色の粘りつくような熱さのことと、体に悪くなりそうなほど冷房のよく効いたオフィスのことを考えた。

夏休みのおわりは唐突にやってくる。

薄暗い林から響く蝉の声がジージーと鳴くアブラゼミからシンシンと鳴くヒグラシに変わってくると、河原の石も少しずつ冷たくなり、水は水晶のように冷たく澄みはじめる。川で泳いでいても午後には長い影が水面に降りて、僕たちは帰り支度をはじめる。

仲間うちで、「夏休みの友」できた?というような会話がはじまり、絵日記を8月31日の分まで適当にでっち上げると次の日は始業式だった。

大学時代の夏の終わりは少しだけ長くなった影で実感した。大学通りの銀杏並木がワサワサと風に揺れると、高い空には入道雲が立っていた。けれども大学の掲示板には最初の講義の日取りが張り出されていて、人気のない管理棟の日陰の中には忘れ去られたアイス・キャンディーの空き袋がカサカサと風に揺れている。そんなとき、それまで当たり前だった夏の日々が通り過ぎてしまったことを感じるのだ。

あたりまえがあたりまえでなくなったとき、初めて「あたりまえ」が何だったのかが分かる。思春期にしても、受験にしても、大学時代にしてもそうだったような気がする。

そして僕はいま、やはり自分が「失われた夏休み」のなかにいたことに気がついた。それは、少年の日のようにわくわくする冒険の日々ではなく、ごくあたりまえに自由で穏やかな日々だった。

「帰りたくないなぁ。」と僕は呟いて残っていたビールを飲み干した。コップの外側を伝って泡が滑り落ちていく。

「そしたら帰るなよ。クビになれば死ぬまでここにいれるぜ。」と宮はニヤリとわらった。

「そしたら食えない。」

「人間はパンのみに生きるにあらずよ。」と美砂。

「飢え死にしちゃったって、"死ぬまで"ここにいれるわ。」 僕は黙ったが、彼らには困っているようにみえたらしい。

「おいおい、本気に考えるなよ。冗談だよ。」

「めげないでよ。明日は役場が休みだから、私も船で本島に行くわ。だから一緒に行きましょうよ。久しぶりだからレコードでも欲しいわね。」

「そうだよ、またくりゃいいさ。いつだってこの島は夏なんだから。」

僕たちは再会を約して、残ったビールで乾杯をした。向こうのテーブルのダイビングサービスの人たちもガラスのコップを高々とあげた。そしてそのあと「こりゃいったい何の乾杯だい?」とたずねた。

僕たちが居酒屋をでたのはかなり遅い時間だった。最後の方ではダイビングサービスのお兄ちゃん達も巻き込んでのカラオケ大会になった。締めの歌は「ハイサイおじさん」の合唱だった。

僕は宮や美砂と別れて港の方に歩きだすと、波止場の先端にふらふらと近寄った。港の広場にあるオレンジ色の街灯のせいで、僕の行く先には長い影がふらついていた。波止場の先端は黒い海につながって、遠くの阿嘉島の明かりを浮かべていた。月が明るく上っていた。僕には満月に見えた。海風はさわやかで、少しなまあたたかった。

僕は酔った頭で「部屋にもどるより、ここで寝た方が気持ちがいい」と考えた。蚊取線香をもらっておくのを忘れていたので、部屋に戻っても蚊に刺されるだけだ。波止場の先端なら蚊もいないだろう。

僕は波止場に積み上げられている荷揚げ用の板の上に横になると、草履を放り出して、夜空を見上げた。月が明るいので特に明るい星をのぞいて、星は空の周辺部で輝いている。月は黒いビロードの上に転がった宝石の様に見えた。少しだけ浮いている雲が風で流れていく。波の音が頭のすぐ上で子守歌のようだ。ときどき波の加減でチャポンと水が鳴く音がする。僕は目を閉じた。

僕は夜中に蛇皮線の音で目をさました。それともさまさなかったのだろうか。低く琉球民謡が聞こえてくる。ずっと向こうの月明かりの波止場のベンチで、誰かが歌っている。向こうの港の広場ではオレンジ色の街灯があかあかと点って、そこだけが浮き上がっているように見える。波が波止場にぶつかってチャポンと鳴る音が生々しい。

不意に水の匂いがやってきた。波止場のベンチに座っていたその誰かはぺたぺたと音をたててこちらへ歩いてきた。歩き方からして、その黒い影は年寄りの様だった。手には蛇皮線をもっている。彼の顔は広場の明かりで逆光になってよく見えない。

僕は上半身を起こすと「こんばんは」といった。

僕は不思議と恐怖感はなかった。誰もがここへやってくるような気がした。そんな親しげな空気の夜だったのだ。月は白い光を波止場に落としている。影は聞き取りにくい琉球語で「ここでなにをしている」ときいた。僕は「暑いのでここで寝ていた。」といった。すると影は「そうじゃない、おまえはもう、ここにいてはならないのだ。」といった。

「なぜ僕のことを知ってる?」僕は静かに尋ねた。

影の年寄りは蛇皮線をふり挙げると

「おまえは、既に私の国から追放したはずだ。おまえは自転車を錆び付かせてしまったんだからな。おまえは早く妻でも娶って、新しい少年を育てなくてはならない。」と静かに琉球語で語る。

僕は丁寧に、

「すると僕はもう"夏休みの国"に戻れないのですか?」とたずねた。

「おまえは国のありかを知ってしまった。わしはここから出て行く。だからこの島に何度やってこようとそれはおまえの自由だ。けれども、もう二度と国の匂いをたどれないようにしてやる。」

彼は持っていた蛇皮線の首でいきなり僕の鼻を激しくつついた。僕は鼻血のでる鉄の匂いと共に気絶した。

翌朝、僕はラジオ体操の放送と共に目をさました。強い朝の日差しが降り注いでいる。僕はクラクラしながら起きあがった。今日も太陽は明るい光の網を海底に投げかけている。僕は昨日の不思議な体験を思い出して鼻をさすったが、別に痛みはなかった。しかし、鼻の周りには鼻血が乾いてこびりついていた。パラパラと茶色い粉がTシャツにこぼれた。僕が見回すとたくさんの少年らがラジオ体操で大きく腕を開いていた。彼らの白いTシャツが朝日にまぶしい。僕は呆然とした気分で、いつも通りに深い藍色の座間味の空を見上げた。

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2 出帆

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僕の荷造りは到って簡単だ。ここ数日お世話になった部屋に散らかしていた薄いコットンのパーカーや、スイムショーツを適当にディパックに詰めるともうおしまいだった。簡単な掃除をして、僕は民宿のおばさんに今日までの宿賃を払いにいった。おばさんはハイビスカスの咲く垣根のそばで、ホースから勢いよく水を金だらいに移しながら洗濯をしていた。

「今日で出るので、宿賃の清算をしたいんですが...」

「あらあら、そうでしたね、今日の午後の便でしょ。まだ時間があるから部屋はそれまでつかってもいいわよ。」おばさんはエプロンで手を簡単に拭くと愛想よく帳場に向かおうとした。そして「ちょっとまってて、」といいながら戻ってきて水道のコックを閉めた。 「水があふれたらもったいないからね。」といってにっこり笑った。

おばさんはたいへん恐縮しながら宿賃を受け取り、またいらっしゃいといった。僕は「ええ、絶対に来年もきますよ。」といって領収書を受け取った。帳場のある2階からは島々が緩やかな湾を作っているのがよく見えた。

僕は昼まで部屋でベッドに寝転がって時間をつぶした。天井の模様を眺めながら窓の外のハイビスカスが風に揺れる音を聞いていた。どうも昨日の夜のことが夢なのかどうかはっきりしない。僕はひどく酔うと、ときどき鼻血をだしてしまうことがある。だから鼻血が昨日の晩のことを証明することにはならない。それにしてはリアリティがある。それでもやっぱり夢だろうと思った。空けた窓の上では緑の梢がきらきらと太陽を振りまいている。ときどき外をはしゃぎながら通り過ぎる観光客の声が聞こえる。

不意にトントンとドアを誰かがノックする。ぼくは「宮かな」と思ってドアを開けたら宿のおばさんだった。

「これはお昼にしな。」といって経木に包んだオムスビをくれた。「残り物のごはんだから気にしなさんな。」といって笑った。

「うわー。どうもありがとう。」僕は大喜び。お昼はアイスクリームで済まそうかと思っていたからだ。

僕は最後の島の食事を港の堤防に座ってたべることにした。アイスクリームショップには島を出ていく観光客が時間つぶしに集まっていて、たいへんなにぎわいだった。アイス屋の小さなおばちゃんと太ったおねえちゃんは次々にアイスクリームを渡さなくてはいけないので大忙しだ。アイスクリーム屋の横にある木陰にすわると僕は経木を開いた。のこりものなんてうそっぱちのちゃんとしたオニギリだった。おかかや梅が入っていて、卵焼きまでついていた。僕はおばちゃんにこころから感謝した。

僕が遠くの明るい海を眺めながら食事をしていると、美砂がいつもとは違うジーンズとTシャツで歩いてくるのに気がついた。木漏れ日が彼女のTシャツの上で踊った。彼女は体いっぱいに光のアクセサリーをちりばめているようだ。

美砂は僕に軽く手を挙げて合図するとそのまま建物の影に入ってしまった。「なんだろ?」とおもって僕はそっちをむいたまま、オニギリをもぐもぐやった。経木が空になったので、小さくまとめて輪ゴムをかけた。そして、ごみ箱に捨てるために立ち上がった。するとチョコレートアイスとストロベリーアイスをもった美砂が建物の影から出てきた。 「はい、これおごりよ。」 「ありがと。今日はみんなからおごってもらってばかりだな。」

僕は段ボールの箱にゴミを捨てると、美砂が座っている堤防に立った。そして白い帰りの船が少しずつ大きくなるのをチョコレートアイスをなめながら見つめた。

「それってなにか、変。」と美砂がわらった。「だって真剣な顔をして、いい年した大人が偉そうにアイスをたべてんだもん。」

「じゃあ座ってたべるよ。ついでに申し訳なさそうに食べれば、ばっちりだろ。」

僕たちは笑った。

僕は昨夜の影の言葉を思いだした。そして彼女を妻にできるような気がした。ストロベリーアイスを食べる彼女は僕の新しい夏の少女だ。

結局、出帆の時間になっても宮はやってこなかった。ダイビングボートの予約があれば、これないのも当然か。ディパック一個の僕は旅行者というよりも、本島に向かう島の人間にとけ込んでしまった。美砂は知り合いの多い船の上で、地元のひとと盛んに何かしゃべっている。僕は来たときと同じように船首に近いデッキの上に直に座り込んだ。

低いエンジン音が底の方からうなってくる。ギュルギュルと音がして船は港を離れた。まるで船の方は静止していて、島の方が僕たちをとり残して出ていくように見えた。岸壁には仲間を見送る旅行者やウエットスーツから上半身をだしたダイバー、そして宿の人たちが見送りに来ている。僕の横では若い女の子が標準語のイントネーションで「さよならー!」とわめいている。

船はだんだんと港を離れて、いくつかの島を横手に見ながら進んでいく。僕は民宿の物干しにサンダルをおきっぱなしにしたのを思いだした。でも、自分の持ちものが、あの島に残るということは僕には嬉しい秘密のような気がした。

美砂が僕の隣にきて座った。

「ここは日陰だからいいわね。」

「そう。それにここは舳先の方の波が砕けるのがみえるだろ。僕は船に乗ると、これを見ているのが好きなんだ。」

明るいエメラルドグリーンの海に船の影が落ちて、ついでに海の底に船の影さえ見える。海面では飛び魚がときどき水面を切り割いている。そして舳先の砕けた波は白い泡をまき散らしてシュウシュウを音をたてる。

「あら、」と美砂が呟いた。

僕が顔を遠くの海に向けるとダイビングボートがこちらの船に向かってきていた。見覚えのある船だと思ったら、世話になったダイビングサービスの船だった。サングラスの男や宮が大きく手をふっている。僕と美砂は立ち上がると「おーいっ!!」と叫んだ。

「宮ーっ!」

ダイビングボートは僕らの船と並んだ。宮は大声で何かいっているのだが騒音でよく聞こえない。僕が「きこえないぞー」と叫んだら宮はまた叫んだ。それは「俺はもう都庁にもどらないぞ、ここで暮らすことにきめた。」というような内容に聞こえた。僕は大きな動作で「分かった!」と伝えた。すると宮は大きく手をふって、船を操っているサングラスの男に合図した。そしてサングラス男の簡単な手の「さよなら」を残してダイビングボートは少しずつ僕らの船から離れていった。

「宮はもう、都庁にかえらないっていってたね。」

「私にもそう聞こえたわ。」

「奴はこれから永遠に夏休みってとこだね。」と僕はうらやましく言った。

すると彼女は「実はね...」ときりだした。

「実は私は今年でこの島を出るの。両親が名古屋の方で縁談を進めていてね。来年の春には故郷に戻ることになるの。いつまでも夏休みって訳にはいかないわ。」

「君の夏休みは今年でおしまいなのか。」僕はトントンと白いペンキを繰り返し塗り固めたデッキの手すりを叩いた。

「夏休みはおしまいになるから楽しいのよ。」彼女は細い雲と水平線が消え行く先を見ながら言った。

船の後ろの方を見渡すと、僕たちの夏休みの島が小さく見える。僕には夏の帝国が巨大な入道雲を従えて空に浮かんでいるように見えた。僕は夏の王から直々に追放宣言を食らったのだ。新しく加わる人、離れていく人。夏休みは永遠にどこかへと放浪を続けるのだろうか?

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3 街に帰って

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今は二月だ。僕の手元には二通の手紙がある。もちろん宮と美砂からのものだ。美砂は正月に地元で見合いを済ませたらしい。「たぶんこの人と一緒になるでしょう。」とあった。宮は元気よく日焼けした自分の写真と、ダイビングサービスのステッカーを同封して「辞表を出した時には、最後のテストを終わらせた時の様な気分だったよ。」と締めくくっていた。

僕はといえば、別に変わったこともなく勤めを続けているし、夏の王に言われたような妻となるべき人も現れそうにない。

とにかく僕は今年の夏もあの島へ行くことにしている。そこには全く新しい夏が待っているだろうけど。去年の不思議な夏の経験はもう存在しない。けれども僕の記憶の中では永遠だ。

(完)

「題名未定」が完結しました。めでたし。連載を始めて3年くらいかかりましたね。執筆されたのが大学2年生の頃ですから、もう10年かかっているわけです。何ともはや盛り上がりに欠ける駄作ですが、夏休みと沖縄を巡る思い入れと感覚を皆様に伝えられればなぁ、と思っております。

1999年8月 白田 秀彰

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to Appendix

白田 秀彰 (Shirata Hideaki)
法政大学 社会学部 助教授
(Assistant Professor of Hosei Univ. Faculty of Social Sciences)
法政大学 多摩キャンパス 社会学部棟 917号室 (内線 2450)
e-mail: shirata1992@mercury.ne.jp