1 感動をもたらすものあたりまえの事ほど大切でありながら、 あたりまえの事ほど私たちの意識から忘れられています。 私はときどき思います。 私たちは なぜ文字でコミュニケートできるのでしょうか。 高度に抽象化された言語は、具体的なモノのみならず、 この世のものならぬ抽象的な概念すら指し示します。そして驚異的なことに、 言語を媒介とすることで、私の心の中に生まれた「イメージ」や「思い」 といった極めて個人的な心理的状態を、 他の人々に伝達し影響を及ぼすことができるらしいのです。 これを奇跡と呼ばずになんと呼べばよいのでしょう。本来文学とは、 表現とコミュニケーションの神秘について研究する学問なのです。 「一番星を残して群青の夜に追われていく薔薇色の夕映えと、 空に撒き散らした花弁のような羊雲たち」 「窓の外の白い雪野原をおおう艶やか闇の中を、さらさらと音を立てて降る粉雪」 という記号の列は、 私たちに ──同一でないにしても── 合意可能な同じイメージをもたらしてくれま す。私がたとえ南国生まれであって、実際には雪の夜を知らなかったとしても、 そのイメージは、言葉の力によって私の心の中に生まれてくるのです。 その理由について、私は、 私たちの心の中に言葉によって喚起される認識の原型が形成されているのだと考えま す。その原型は、私たちのこれまでのさまざまな直接経験、 間接経験から形成された抽象的なイメージであると考えています。 いや、もしかすると私たちの心の中には、高度に抽象的な天賦の原型が存在しており、 それゆえに私たちは、それぞれ一人一人が経験を共有しないにも関わらず、 記号を通じてコミュニケートできるのかもしれません。 さて、文字という抽象記号にくらべて、映像や音声は、 私たちの五感に具体的に働きかけてくる強い力を持っています。しかし、 そうした具体的な感覚であっても、 やはり私たちの心は ばらばらの世界を形成していて、 貴方の聴いている歌と私の聴いている歌は、それぞれ別々の認識と反応として、 それぞれの心に存在しているはずなのです。貴方は遠視かもしれないし、 私は近視で乱視です。空にかかる月を眺めるだけでも、 貴方と私の見え方は違うのです。 ですから、私たちの魂の核心を揺さぶる「強い感動」というものは、 極めて個人的なものであるのだと私は考えます。私の個人的意見では、 「全米が泣く映画」や、「会場全てが興奮に包まれるコンサート」や、 「世界が絶賛する名作」といったものが信じられません。それらは、 多くの人を楽しませることができる優れた作品であるかもしれません。それらは、 確かに私たちになんらかの興奮を与えてくれるでしょう。しかし、 私がここで述べようとしているのは、涙が零れるような、 魂が震えるような感動についてなのです。 私のこれまでの経験からすると、なにかふとしたきっかけで、 私の心の中の原型に触れる表現によって、 過去の経験やそれら経験から合成されたイメージが浮かび上がり、 そこに強く心揺さぶられたときに、ふと涙が零れるのです。そして、 その理由はわかりません。ある本のなんということのない一節が、 ある曲のなにげない一小節が、ある映像の一瞬が、 ふと無防備な私の心に働きかけたとき、 私の魂がなにか崇高なものに接続したような不思議な感覚をもつのです。 私はこうしたものが芸術経験であり、それゆえに芸術には 、 人知の及ばない神秘と至高の価値があるのだと考えます。
2 今年感謝を捧げる作品たちさて、こうした私の芸術観を披露させていただいた上で、 今年一年を振り返って私が感謝を捧げたい作品について紹介させていただきたいと思 います。 なお、いずれもYoutubeやニコニコ動画を経由して視聴したもので、 そうした行為について、 いろいろと批判的な方がいらっしゃることもよく理解しておりますし、 そこに掲載されている作品の著作権であるとか著作者人格権とか、 そういうものに関していろいろと問題があることも理解しております。 しかしここでの紹介は、私が感動した諸作品について論評するにあたって必要な 「公正な引用」の範囲にあるものと考えます。私は、 私の愛した作品について感謝を捧げ紹介することを禁ずるほど、著作権法が非文化的・ 反芸術的な制度でないと信じます。 さらに、私はここで紹介する諸作品について、 より高品質なバージョンをしかるべき価格で購入したいと考えているのですが、 どこにおいても購入する手段や経路が存在しないのではないかと私は思います。 そうであるならば、こうした動画共有サービスは、 これまでのメディアでは提供することができなかった価値と感動を作り出すことに成 功している、 独立した領域のメディアであることを証明しているのではないでしょうか。
3 島本和彦大先生ご本人最初に紹介するのは、今年の春先にどこかのWebサイトで見かけた「サンタになれ!」 という作品です。オリジナル放送がいつされたのか、私は知りません。 もしかすると数年前の放送なのかも知れません。私は、 どこのWebサイトでこの作品を見たのかわからなくなってしまいましたが、現在は、 ここ で見ることができます。 この作品の最も重要な要素は、島本先生ご本人の熱い「語り」ですから、 私がこの作品についてもっとも感謝すべきなのは島本先生ということになります。 しかし、STVラジオの皆さんが「マンガチックにいこう」 という番組を制作されなければ、この語りは存在しなかったでしょうし、 こうして動画としてまとめた誰かがいなければ、 東京に住み ほとんどラジオなど聞かない私の耳に届くことはなかったでしょうし、 またニコ動にアップロードした誰かがいなければ、 こうして皆さんに紹介することもできなかったでしょう。 初め、私はこの動画を当然のようにネタとして見始めました。 「島本和彦ってこんな人だったのかぁ(笑)」と見ていました。でも、 見終わった後なんだかグッときてジワッと来ました。 島本先生の語っている内容を文字起こししても、たぶん笑えるだけで、 感動はしないでしょう。でも、この島本先生の語りが、私の中の「男」あるいは 「ヒーロー」の原型に強く作用したのだと思います。 そうしてまたしばらく経って、別のWebサイトで 「島本和彦版 炎の転校生+機動武闘伝Gガンダム」 という作品を見つけました。 現在は、ここ で見ることができます。 この作品でも もっとも重要な要素は、島本先生ご本人の熱い「歌」ですが、 「機動武闘伝Gガンダム」の画像もその効果に強い影響を及ぼしていると思います。 私は「Gガンダム」を全然みたことがないので、「炎の転校生」 というまったく別の作品の主題歌と「Gガンダム」 が結び付いていることに違和感がありません。そういう意味で、このMAD画像は、 「炎の転校生」主題歌の作曲者・作詞者と「Gガンダム」 制作者皆さんの意向に沿わないのかもしれません。しかし、 私がこの組み合わせで極めて強く感動したことは事実なのです。 (... と書いてきて、「炎の転校生」の作曲作詞者みたら... 「島本先生!」) しかし、いったいどういう経緯で、島本先生ご自身で、 ご自身の作品の主題歌を収録することになったのでしょうか。 オリジナルがいったい何であり、 どうやったら正規に入手できるのか全く分かりません。
[2007/12/06 追記] exさんから、この「炎の転校生」が出来上がる経緯に関しての記述を教えてもらいました。まず、この周辺の話が島本大先生の作品「燃えよペン」のなかで取り上げられているのだそうです。また、「邪!あんびヴぁれんす──正義と悪との識別完了。」というサイトでも簡単にその経緯について紹介してくださっています。島本先生の熱すぎる歌声に、またもや私の中の「男 / ヒーロー」 回路はオーバーヒート状態になり、その瞬間私の中で「島本和彦*大先生*認定」 が確定したのです。 島本先生ご自身がそうした心理的効果を目的としたかどうかは別として、島本先生の 「語り」と「歌」は、私の魂を揺さぶり、狭小で姑息な生き方でなく 「身を捨ててもやらねばならない仕事」へと私を鼓舞してくれたのです。 先生の熱い魂は、時間と空間を越えて私に届いたのです! ありがとうございます先生! 私の選択に一片の悔いもありません! 私は、この感謝の気持ちを島本先生に伝える もっともよい方法を検討中です。
[2007/12/06 追記] 島本大先生ご自身のブログを発見・拝見したところ、なんと先生御自ら冬コミにいらっしゃることが判明しました! 場所は、東4 「シ」 86-aなんだそうです。私には、場所がよくわからない.... 下記の「3DみくみくPV♪」の作者さんも、冬コミにいらっしゃるわけで、これはもう都合がつくかぎり...いやなんとかして行くしかない! .... ところで先生って、どうしたら、喜んでくれるんだろうか... またまた情報提供を待っております。
4 2.5次元覚醒 / 初音ミク今年は、思わず2.5次元に覚醒してしまった年になりました。私には、 もとよりヲタ要素が存在していたわけですが、ゲームを全然やらないこととか、 マンガやアニメもいわゆる「萌え絵」を受け付けないタイプなので、むしろ近年の 「萌え」傾向を「困ったなぁ」と思っていたくらいでした。 ところが、誰かから紹介されたか、どこかのWebからリンクされていたか、 忘れてしまいましたが、今年のネットの話題をさらった「初音ミク」関連で 「3DみくみくPV♪」 が紹介されていたので、見たところ... やられました。プロ級の出来栄えとはいえ、 素人の手によるCGで創られた短い動画です。この動画の終わり間際に、 ミクの手の甲にヤマハ・エンブレムが浮かぶシーンがあります。 そこでブワッと涙が出たのです。 自分でも理由がわかりませんでしたが、ふと「とうとう私たちは ここまで来たんだ」 と思ったのです。
4.1 Vita Otakualisこの感動への長い長い個人的な話をさせてください。私が小学生の頃、学研の 「ひみつシリーズ」が大好きでした。 私の分身であるマンガの主人公たちは、「女の子」と「どうぶつたち」 と一緒に科学の世界を冒険します。私は、何時間も何時間も何回も何回も 「ひみつシリーズ」の世界を旅しつづけたのです。世界の秘密と神秘の旅には、 まだ出逢っていない抽象的な「女の子」がいつも一緒にいたのです。 思春期が来て、私はオタクになりました。軍物プラモデル→電動ラジコン・ カー→オーディオ(改造)と成長し、立派な電気機械系ヲタになった私のそばには、 当然のように女の子はいませんでした。 魅力的な電気回路と宝石のような電子部品の宝箱に魅惑された私は、 宮崎県の田舎町で雑誌──「トランジスタ技術」や「無線と実験」 など──を眺めながら渇望感と喪失感にいつもとらわれていました。「お金がない」 「時間がない」「物がない」。そして、自分と一緒にいてくれる「女の子」がいない。 現実の「女の子」が、自分の愛した世界を理解できないことには、 もう気がついていました。その欠乏の埋合せは、 80年代当時のSFマンガやアニメでされていたように思います。いわゆる「メカ」と 「美少女」です。私の知る限り、私の同世代の理科系人たちは、たとえば、 竹本泉氏や 芦奈野ひとし氏 の描く作品っぽい世界が好きなように思います。おちついて穏やかな世界で、 ほんわかして優しい女性と静かに暮らせる世界。もちろん、 そうした理想化された女性が現実にいないこともわかっていますし、 そうした男たちの理想を押し付けられては、女性の側もたまったものではない、 という意見も良くわかります。それでも、男たちの心の中に理想化された 女性の原型としての「女の子」が住んでいることもまた否定できないのです。 (否定できないよな、兄弟!) 当時の私がそうしたことを意識していたかどうかは別として、 オーディオの趣味からさらにヲタ度が向上した高校生の私は、 当時ようやく10万円を切ったシンセサイザーを買い、 4chマルチトラックカセットレコーダーを貯金をはたいて買い、 リスナーとしてのオーディオマニアと同時並行的に、作曲自宅録音を開始したのです。 当時の私のお気に入りは、いわゆる「YMOファミリー」 と言われたアーティスト群であったわけですが、 Pizzicato VやMIKADOにズッギューンとやられました。 電子回路の塊であるシンセサイザーを操り理想世界を紡ぐ「自分」と、 その世界で優しい歌を歌ってくれる「女の子」という理想像がそこにあったからです。 しかし、宮崎県の田舎町で 「究極超人あ〜る」 みたいな髪型をして、 写真部で無線部でイヤミな成績優秀者であった私は、まあモテなかったわけです。 中学や高校時代には、 チェッカーズのような髪型でスポーツのできるすこし不良っぽい男子生徒がモテていたようです。 そうして私は、いつも空想の「女の子」と一緒に、 誰が聞いてくれるともしれない自分のための曲を、 何日も何時間もかけて小さなカセットテープに封じ込め続けていました。 たくさんの電子楽器をケーブルで繋いで、自分の心の中にある「原型」 に近づこうとしていたんだろうと思います。そうしたこともあって(?) みごとに大学受験に失敗して、一年浪人することになりました。大学に入った私は、 なにか情熱を喪失して、必死に買い集めた電子楽器を少しずつ売り払っていきました。 才能がないことにも気がつきましたし。最後に電子ピアノだけが残りました。 その電子ピアノも もうありません。 そして、もう40歳になろうとしたとき、初音ミクが帯びたヤマハ・エンブレムは、 私の心の中に澱のように積み重なっていた「思い」を揺さぶったんだろうと思います。 私が脱落してしまった遠い遠い道を歩きつづけた「たくさんの同士たち」がいて、 そして私の目の前に一つの到達点をみせてくれた。ありがとう。 これが、私の一方的で勝手で極めて個人的な思い入れに過ぎないことは、 わかっています。私は、何に 誰に 感動したのでしょうか。おそらく楽曲「みくみく」 ではないでしょう。ミクの2.5次元画像でもないでしょう。私たち「男の子」 の心の中にある「原型」を、こうして顕現させた、 たくさんの精神的少年たちの「執念」に震えたのだと思います。 この記事を書いているときに、よく見たら、 制作者の方が冬コミに参加するようですね。12月31日の「も-09b」のようです。 うーん、大学の先生までやってるオッサンには、買いに行きにくすぎる。 学生の誰かに頼みましょうか。
[2007/12/06 追記] 上記のように、島本大先生もいらっしゃることから、この制作者さんのところへ行って、販売されているだろう、作品を買わせて頂いて、直接お礼を言うことが良さそうです。忙しくなさそうな時間を見計らっていかないと、迷惑がかかるよな。
5 IDOLM@STER × Perfumeそうした後に、何かのはずみで、 アイドルマスター×Perfume パーフェクトスター・パーフェクトスタイルPV風 と、 アイドルマスター×Perfume wonder2 (修正版)を見ました。 パチンコ「海物語」なんかの看板等で、2.5次元アイドルというようなものが「いる」 ということは知っていましたが、基本的に「ケッ!」という扱いだったのです。 「あんなのにグッとくるのは、極まってしまったヲタにちがいない」 と思っていたのです。...まさか自分が覚醒するとは思っていませんでした。 「パーフェクトスター・パーフェクトスタイル」を見たとき、一瞬に「ああ... これでいいんだ...」と悟りが開けました。「純粋偶像」 とかそういう言葉が浮かんで、宗教的経験に近いものを感じました。ここにもまた、 私たち「男の子」の心の中にある「原型」 が微笑んで歌い踊る理想世界が描かれていたのでした。 最初、IDOLM@STERというモノがなんだかわからなかった私は、それが 「女性アイドルの部品を組み立てて、好みのアイドルを作り上げて、 ダンスや表情を制御して、カメラワークやスタジオを制御して、 アイドル歌謡風の3D画像を生成するソフト」だと思っていました。しかし、 学生から聞いたところ、それが全くの誤解であり、実際には 「アイドル育成 / プロデューサーなりきりゲーム」であることを知りました。 詳しくはこちらで。 すなわち、このPV風画像を生成するためには、 長時間のゲームを経てアイドルたちをステージに登場させられる段階まで「育成」し、 さらに自分の思うままにはならないカメラワークのなかから、 適切な場面を数限りなく集め、それを編集しなければならないわけです。 驚くべき情熱と執念です。編集してくれた「誰か」、ほんとうにありがとう。 君の「理想世界」は、確かに私の魂を震わせました。
[2007/12/06 追記] 今ごろわかったのか、と批判されそうですが、「パーフェクトスター・パーフェクトスタイル」の制作者さんが、「わかむらP」という方であることがわかりました。ありがとうございます。 タグに書いてあったんですね...orz 「"P"ってなんだろう?」と思っていたら、それが「プロデューサー」の略だったわけでした。もちろん、IDOLM@STERの 2.5次元アイドルのデザイナーや、 その振り付けを行った振付師の方、システムのプログラマの方、など 制作者のみなさんに感謝さしあげます。 個別にお名前が挙げられないのが残念です。 アイドル達、たとえば春香や冬歩の顔は、 もちろんアニメ的にデフォルメされているのですが、なぜか私は、 どこかで春香に会ったことがあります。 それは小学校か中学校のどこかだったかもしれないし、 いつかみた夢の中だったかもしれない。もしかするとそれは、私の中の「女の子」 の原型なのかもしれません。 さらに、このPV風画像に使われている楽曲、Perfume (中田ヤスタカ氏) の 「パーフェクトスター・パーフェクトスタイル」と「wonder2」 を収めているアルバム「Complete Best」、買いましたよ! この文章を書いている日、 CDをずーっと鳴らしてました。前述したように、 もともと女性ボーカル+電子楽器の曲をよく聴いていた私ですから、 もとよりこの手の曲は好きだったわけですが、おそらく楽曲だけだったら、 ここまで好きにならなかったと思います。IDOLM@STERの画像と組み合わさることで、 Perfumeの皆さん、それ以上に中田ヤスタカ氏の音空間が、 信じられないほど純粋な世界を生み出してくれたんだと思います。 Perfumeの皆さんは、お気を悪くするかもしれませんが、 このアルバムは中田ヤスタカ氏の世界であると思います。Perfumeの皆さんは、 声優的に、あるいはまさに「アイドル」 として中田氏の世界を演出し構築したのでしょう。樫野有香さん、大本彩乃さん、西脇綾香さん、そして中田ヤスタカ氏、ありがとうございます。 今年 初めて出逢ったみなさんを、これから応援していこうと思います。
6 最後にこの文章は、たぶん普通の人から見たらキモい話でしょうが、私は気にしません。 わからない人には、どうしたってわからないのです。
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白田 秀彰 (Shirata Hideaki) 法政大学 社会学部 助教授 (Assistant Professor of Hosei Univ. Faculty of Social Sciences) 法政大学 多摩キャンパス 社会学部棟 917号室 (内線 2450) e-mail: hideaki@orion.mt.tama.hosei.ac.jp |