猥褻規制について話が及びましたので、私が長年疑問に思っていることを書きます。 猥褻は特別な心理的作用を持っているようで、無条件に批判の対象となることが多いようですが、だれかきちんと「なぜ猥褻がダメなのか」ということを研究された方はいらっしゃるのでしょうか?専門が違うので、解説をいただけると助かるのですが。 「刑法第 22 章、猥褻、姦淫及び重婚の罪」174, 175 条が保護する法益は、善良の風俗であるとされていますが、なにを基準に「善良」なんでしょうか?体験上知っていることについて口をつぐむのが善良なのでしょうか?猥褻表現が嫌いな人の心理的安静を維持するためにそうするのだとすると、猥褻表現が特に刑事罰をもって禁止されている理由は?私は女性の裸の写真を見せられるよりも、汚物や死体の写真を見せられた方が不快ですが、汚物や死体の写真を展示する事は刑法で禁止されていませんよね。 心理的安静ということで、個人的に言わせてもらえば、最近の若者(この言葉を使いたくないけど、他に言いようがない)のアメリカのチンピラ風の風体は、私に心理的威圧感を及ぼしているのですが、こいつは取り締まってもらえないものでしょうか。 閑話休題。 何をもって「猥褻」とするかについては、大変困難な問題があります。たとえばビクトリア時代のイギリスでは、女性の「足」が「みだらな」ものだとされていました。その一方でさまざまな悪徳が栄えたのもこの時代です。江戸時代の日本では大変おおらかな性文化があったやに聞いていますが、この間、日本は道徳的に退廃していたのでしょうか?現代アメリカでは「猥褻」を決定するのに「community standard」を採用しておりまして、カリフォルニア州とジョージア州では大きく異なっています。何が猥褻であるかについては陪審員が事実認定するのです。 最近日本では「ヘアヌード」が解禁になりましたが、それで日本の性道徳は何らかの影響を受けたのでしょうか?それまで必死に陰毛をチェックしていた担当の方の長年の努力は何だったのでしょうか?私には分からない事だらけです。 とくに問題なのは、誰かが「猥褻」を決定しなければならない事です。とくに「猥褻」には刑事罰が適用されますから大変重要な問題です。「一般人の通常の羞恥心」を基準にするとなると、問題となっている表現を広く告知して統計調査するなり、無作為抽出による「一般人」を選び出して、表現を見せて意見を聞くなどしなければならないと思うのですが、こうした事がされた事はあるのでしょうか?問題となっている表現について調査すれば、意外と「大したことないので、違法性なし」と判断される場面が多いのではないのでしょうか?というのも、形式的には猥褻に該当しないものの、性的興奮をあおるような表現は、皆さんの近所のコンビニの書棚に溢れているではないですか。「猥褻」があるゆえ、様々な表現上の工夫がされて、扇情効果が増大している例もあるような気がするのです。 「性の乱れ」と言うような事がよく糾弾されていますが、成人がまともに性について議論する土壌がないから、怪しげな知識が地下で流布して、事態を悪化させているのではないかと思います。 Usenetの alt.sex.* 以下が、批判されながらも存在しているのは、成人がまともに性について議論する場を提供する目的があるからではないかと思います。もちろん、そこにおいてとんでもない書き込みをする人も多数いるかと思いますが、「こうした性的傾向をもつひとがいる」という事実を明るみに出すだけでも、存在意義があると思います。そうした事実を前に、性の暗闇に乗り出していくのも、自らの信じる正しい「性」を確認するのも、理性を備えた参加者の内心の問題で、それが他人に迷惑を及ぼさない限り、容認されるべきではないかと思うのです。「エロ本を規制しないから性犯罪が起こる」というような短絡的発想では、性犯罪を生み出している個々人の内心の問題から目を逸らす事になるでしょう。 またもやアメリカの話をひきあいに出して恐縮ですが、アメリカでは「obscene」に該当する表現は非常に厳格に狭く設定されており、それ以外の表現については「言論の自由」が適用されます。カリフォルニアでは大抵の表現が容認されているのではないかと思います。きちんと調べたわけではありませんが。 その一方で、「indecent」に該当する表現は非常に広く、日本の男性週刊誌(含む青年向けマンガ誌)程度の表現は、ほとんどのものが「indecent」に該当します。こうした「indecent」な表現は、地上波放送のように一般の人が避けようなく目にするような媒体や未成年者が容易アクセスできるような媒体においては厳格に禁止されています。日本の深夜番組のような「お色気」番組をアメリカの地上波放送で放送する事など不可能です。あと、暴力表現については、日本以上に厳しく制限されていることも指摘しておきます。おそらく、アメリカではお色気と暴力であれば、暴力のほうが問題であると考えていると思われます。私もそう思います。 だから、アメリカの規制は、表現されている内容ではなく、表現が行われている媒体にもとづいて基準が立てられています。CDA に関する騒ぎも、サイバースペースが「indecent」を禁止されるような種類の媒体であるかどうかという点について検討されました。議会は YES とし、連邦地裁は NO としました。最終的には連邦最高裁が決定します。 だれか、日本の猥褻について私に教えて下さい。
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白田 秀彰 (Shirata Hideaki) 法政大学 社会学部 助教授 (Assistant Professor of Hosei Univ. Faculty of Social Sciences) 法政大学 多摩キャンパス 社会学部棟 917号室 (内線 2450) e-mail: shirata1992@mercury.ne.jp |