成人の日、二つの映画がTVで放映されました。一つは午前中の「八甲田山」、もう一つは夜の「アポロ13号」でした。いずれの映画についても内容の解説は不要でしょう。問題はそこからいかなる教訓を引き出すかです。「八甲田山」は日露戦争前の日本陸軍が陥った悲劇を描くもの、一方「アポロ13号」は宇宙空間で遭難した宇宙船の地球帰還の偉大さを描くものです。だから、その両者はそれぞれに描く目的に応じた脚色が入っているとして、割り引いて鑑賞しなければなりません。すなわち、「八甲田山」には時代的制約や情況的制約による「やむを得ない」面が多分にあったことを考えなければなりませんし、「アポロ13号」にしても、すべての人が冷静かつ英雄的に行動したわけではないでしょう。 しかし、二つの映画を続けてみますと、危難に直面する理由、および対処の方法の対照的な事例が見られるわけです。 「八甲田山」では、見事 八甲田山雪中行軍を成功させる高倉健演じる将校の行動と、200名以上の死者を出してしまった北大路欣也演じる将校の行動が対照的に描かれます。 高倉(すみません映画の中での役名を忘れてしまいました: 以下同じ)は、計画の困難性を見越して、少数精鋭の人選、および途中の村での補給を前提とした軽装備での八甲田の踏破を計画します。また、路程について熟知している地元の猟師や村人の支援を仰ぎます。この高倉隊の成功の原因は何を置いても、路程を知る人の活用です。明治の軍人としての傲慢さがあちこちに見えるとしても、その道のエキスパートなしでは、不可知の事業については成功できないということを理解していたのでしょう。 一方、悲劇は北大路です。事前調査が好天に恵まれてしまい、計画を甘く見たのもその原因でしょうが、これは天の作った原因です。問題は人の作った原因です。彼もやはり少数精鋭での組織を提案しましたが、岡田真澄の演じる大隊長ら上司の見栄に押し切られる形で210名にもわたる大部隊を率いることになってしまいました。人数の増大は、部隊全体の能力の平均化を招きます。否、極限状態においては能力の低い隊員に平均が引きずられてしまいます。次に、雪中行軍に大隊長が「随行」してきました。すなわち、指揮権をもつ人間よりも「偉い」人たちが参加しているわけです。これが後々指揮権の混乱となり、部隊を破滅に導きました。たとえば、指揮権のないはずの大隊長が「案内人」の村人を追い返してしまったことです。 「今はコンパスというものがあるんだ!!」 というあやふやな知識に対する傲慢さは、私たちがもっとも慎まなければならない点でしょう。コンパスによる路程確保は、現在位置が把握できていることが条件となります。そのためには、周辺の地形が見えることが前提となります。冬の雪山では地形が変わってしまいます。また、吹雪になればまわりの様子などまるで見えなくなってしまいます。 北大路は、大隊長の愚行について気がつきながらも訂正する事ができませんでした。そして、この指揮権の錯綜が「引き返す勇気」を飲み込んでしまい、部隊は雪の地獄へと進んで行きます。 「アポロ13号」では、悲劇の原因はあくまでも偶然、あるいは事故として取り扱われ、その事故を克服するために、一丸となる乗組員とNASAの管制員たちの奮闘が描かれます。どんな極限状態に陥っても悲壮さを露にしないアメリカ的「冷静」についても感動させられます。管制官たちについていえば、それぞれの持場のエキスパートとしての努力は当然のこと、そうしたエキスパートとしての主張については、上司と部下を分け隔てない透明性があります。その一方で、ミッションを統括する俳優(名前知りません、ごめんなさい)が、NASAの上層部に対しても、自分に与えられた任務について絶対に譲らないところに感心しました。13号のミッションについての指揮権がはっきりと、責任者に付与されているわけです。 北大路隊の悲劇は、なんとなく私たちを見ているような気がしました。「未曾有の経済危機」とかなんとか、日本の危機を煽る一方、相変わらず政治家や大臣にはエキスパートと言えるような人は ほとんど採用されません。護送船団方式の経済立て直し策は、もっとも脆弱な部門の救済が最初になってしまい、健全であったはずの産業部門さえ吹雪の中に飲み込まれそうです。私たちの国家の指揮官であるはずの小渕首相の上やら背後には、もっと偉くて実力のあるオジイサン達やら、官僚達やらが控えています。そして、自分達の都合で、てんでバラバラな事を言っています。これでは、指揮命令系統が錯綜しないほうがおかしいでしょう。曖昧な指揮権は、曖昧な責任とおなじものです。 どうしようもなくなって「やめたぁ」と投げ出すことが我が国での政治家の責任の取り方のようです。でも、「天は我らを見放したかぁ!」と見栄を切るだけなら、北大路欣也さんにやってもらった方が数倍いいでしょう。 吹雪の中で道を失った哀れな軍隊は、同じ雪だまりをグルグルと巡るばかり。兵卒は、上官に従うしかありません。その後にはもの言わぬ屍がつづきます。はっと気がつくと立ちはだかる凍りついた峡谷の崖。崖を登ろうとする部隊からは、兵隊さんたちが、凍傷の手から血を吹き出しながら ボロボロと落下して行きます。 「八甲田山」の中で、「俺ぁ、俺が思った道を歩く!」と、道を失った北大路隊を離脱した兵隊さんが登場しました。結局その人は助かったようです。もし、愚かな上官が貴方を破滅へ誘導しているとき、貴方が道を見つけているなら、信じた道を進んだ方がよいかもしれませんね。
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白田 秀彰 (Shirata Hideaki) 法政大学 社会学部 助教授 (Assistant Professor of Hosei Univ. Faculty of Social Sciences) 法政大学 多摩キャンパス 社会学部棟 917号室 (内線 2450) e-mail: shirata1992@mercury.ne.jp |