サイバーテロとその対策

*サイバーテロとその対策 *

白田 秀彰

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大手電子商取引サイトを狙ったパケット攻撃や、省庁ホームページ書換事件が世間を騒がせている。予算申請時期でもあることから「サイバーテロ対策費」と銘打ってさまざまな予算要望が挙げられているらしい。いい加減なセキュリティ措置で運営していた、毒にも薬にもならないようなサイトが書き換えられた程度の被害で、セキュリティ強化関連ネットワーク取締関連の予算がつくのだから、関連省庁はむしろ喜んでいるくらいだろう。いやいや、それらの予算でセキュリティ対策がきちんと行われるならば、私たちの税金も有益に使われていると喜ばなければならない。

私はずいぶん以前から小物のワナビーやボガスをあたふたと取締るより先に、ネット・ウォー(情報ネットワーク戦争)に対応できる部署を防衛庁に設置するべきだと言ってきた。1996年にForeign Affairs誌に掲載された Joseph S. Nye and William A. Owens, America's Information Edge という論文を期待しながら読んだが、情報システムを暴力装置のサブシステムとして使うところに止まっており、情報システムに対する直接的な暴力装置についての考察があまりなされていなかったのにがっかりしたことを覚えている。

こうした情報システムに関する安全保障組織が今回の騒動で検討の俎上に上がってきたのは、良い傾向だとおもう。しかし、日本に対応能力があるのかというとはなはだ心許ない。だいたい海外からアタックを受けただけで「アメリカ等諸外国に協力を求める」などというような状態では、その協力国から攻撃されたり侵入を受けて機密を盗まれたりするときにはどうしようもないではないか。まあ、すでにアメリカの「核と情報システムの傘」のもとにあるわけだから、かまわないのかもしれない。情報を握っている側が握られている側をたくみに支配しているのだということは、国についても同じである。日本の属国化は止まるところを知らないという感じか。それでも別にいいけど。

サイバーテロ対策のために警察でも侵入や攻撃の仕組みや方法についても警察官に対する研修を開始したというTV報道をみた。いかにも実務経験のありそうな実直そうなオジサンたちが講師から指導を受けながらパソコンのキーボードを叩いていた。「これで安心」などとは到底思えない。

システム侵入および防衛には超人的な集中力(ちょっと壊れてる)と、マニア的なシステムに関する知識(かなりイッてる)、常識はずれの発想力(ちょっとズレてる)が重要な資質になる。こうした人間は、幼少期からもっていた好奇心、集中力、論理的思考能力、発想力というような基本的性質をどんどん伸ばしていかなければ完成しない。ところがこれを潰す方向に画一化するのが日本の教育および社会制度なのである。すなわち、この分野における優れた人材は、均質社会である日本においては、多かれ少なかれ はみだしものである。現行制度を前提にすれば、まず警察官や自衛官にはなれない(し、彼らもなろうとは夢にも思わないだろう)。だから内部の人間をいくら養成したところで、国際的に通用する人員を養成することはできない。

では、外部の人間ならどうか。これまでネットワークをフラフラしていたヨタものであった才能のある人材(含むワナビー&ボガス)をスカウトしてきて養成したらどうだろうか。ところが、こうした種類の人材はこれまで社会から抑圧されてきた。素直に「お国のために」働いてくれるだろうか? さまざまな侵入手口や攻撃方法について教育された彼らのうちいくらかの人は、かならずや一流の情報安全保障担当官に成長するとおもう。しかしまた、そうした人のうちいくらかはそうした手口を覚えて市井にもどり、覚えた技能を生かして生計を立てるようになるに違いない。公費で優秀な犯罪者予備軍を養成しているという意味では、現在の警察や自衛隊もまた抱えるジレンマであるが。思想教育で反社会的な行動をとらせない、という歯止めはあるだろうが、その有効性については保証の限りでない。

以上のように、情報システム安全保障は予算をつけたから事態が改善する、というような単純な問題ではない。それは人間の問題だからだ。優秀な人員をどのように養成するのか、そのプログラムの開発を第一に急がなければならない。ただしおとなしく先生に教えてもらった通りにコンピュータを動かしているような優等生では全く役に立たないことは言うまでもない。一方、すくなくとも日本では「侵入行為・またその着手」や「プロテクトの掛かった著作物のプロテクトの解除」などは違法化された。であるからそうしたことを行なっている人は犯罪者である。まさか犯罪者を警察や自衛隊が使うような反社会的なことをしないことを確約してもらうこともまた重要である。

*) なお、こうしたネット・ウォー組織が市民に対するパノプティコン的統制組織に転化する危険についても忘れてはならない。国家は国内の暴力を一元的に保持することで国民の安全保障を行なう一方、国民に対しての暴力行使については法による統制を受けるということを確認しておきたい。すなわち、国家はその気になればいつでもネット犯罪者や攻撃者を逮捕撃退できるだけの能力を備えていなければならないし、その一方で市民の自由と権利を最大限保証するため法に従属しなければならないのである。小物のネット犯罪対策を理由としたなし崩し的な国民の自由の制約、権利の剥奪に強く反対する

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Return 白田 秀彰 (Shirata Hideaki)
法政大学 社会学部 助教授
(Assistant Professor of Hosei Univ. Faculty of Social Sciences)
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