他人の法律違反をネットワークで糾弾すること

*他人の法律違反をネットワークで糾弾すること *

白田 秀彰

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注意喚起記事および DM が私が述べた誹謗・中傷・恫喝・あげ足とりに該当するような物でない限り、「他人の言論の封殺」にはなりません。善意で知らずに法を犯した人、犯そうとしているひとに、その行為が違法となるおそれがあることを知らせてあげることは、とくに、その説得が具体的に問題である部分を示し、それが具体的にはどの法律のどの条文に該当するが故に問題と考えうるのかを示す限りにおいては、その批判を受けた人の今後の知識として有益となるでしょう。だから、そのような活動を否定する気は全くありません。

一番困るのは、問題とされた部分を特定されず、漠然と「... 法に違反している。そうした記事は投稿するな」といわれることです。そうすると、法を知らずに犯すような人は、では、具体的にどのような行為まで合法であるのか判らないので、過剰に自分の発言を抑制するようになります。従って曖昧な法律的知識を振りかざして他人を抑制しようとすることは、言論封殺になる可能性が高いのです。また、一度過ちを犯した人をいつまでも責め続けることはできません。なぜなら、権利者から訴追されていない以上、その人は被告でさえないからです。

すなわち、注意する側にも正確な法の運用の知識をもつ「責任」が求められますし、さらに、では、どうすればその行為が法に違反した物にならないのかまでアドバイスする「責任」があるでしょう。そうした「注意」が穏やかな口調で行われるのか、高圧的で脅迫的に行われるのかは、注意する側の人格と倫理の問題となります。しかし、少なくとも刑法の脅迫罪に該当するような文面は避けるべきです。

仮に過剰に攻撃的な口調を使うなら、見苦しい罵倒合戦にいたる危険があります。そうした見苦しい罵倒合戦は、ここを見ている人たちに、ここでの議論に参加することを躊躇させます。これもまた間接的には自由な言論を抑圧しているのだということにも気を配って頂きたいものです。

事例として掲げられている事件については、実際の記事を見ないと何とも判断できませんが、歌詞のみを全文掲載することは著作権法に違反した行為だと思われます。だから、上記の点に注意しながら、投稿者に法を犯している危険について教えてさし上げればなんら問題ないとおもいます。以後その人がそうした行為を避けるようになれば、注意した側の目的も達せられるはずです。この事例ではどこに問い合わせれば、問題の歌詞を知ることができるのかを教えてあげるべきだったといえるでしょう。

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Return 白田 秀彰 (Shirata Hideaki)
法政大学 社会学部 助教授
(Assistant Professor of Hosei Univ. Faculty of Social Sciences)
法政大学 多摩キャンパス 社会学部棟 917号室 (内線 2450)
e-mail: shirata1992@mercury.ne.jp

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